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西洋古典学って、ご存知ですか?

『アンチゴーヌ』観てきました

2/17(土)、穂の国とよはし芸術劇場PLATにて『アンチゴーヌ』13時の回を観てきました!

 

原作者は20世紀フランスの劇作家ジャン・アヌイ。

それなりに古典の知識を持つ方ならタイトルからお察しのとおり、この劇は古代ギリシアの悲劇作家ソポクレスによる『アンティゴネー』の翻案です。

今回演出を担当したのは栗山民也氏、翻訳は岩切正一郎氏です。以前私も観に行った『フェードル』の時と同じコンビですね。

そしてこのコンビで昨年10月にジロドゥの『トロイ戦争は起こらない』もやっていたそうなのですが、完全に見逃しました。情報すら手に入れていませんでした。悔しい。

『フェードル』のレポートはこちらになります。

アンチゴーヌ役は蒼井優さん、クレオン役は生瀬勝久さんで、東京・豊橋のほかには松本・京都・北九州で上演されました。

 

今回は演出面でいろいろ面白いところがあったので、それらを踏まえて『アンチゴーヌ』という劇について考えてみたいと思います。

※全公演終了したので思いっきりネタバレしています。

 

 

アヌイが『アンチゴーヌ』を書いたのは1942年。第二次世界大戦の終わり頃、ナチス・ドイツがフランスに侵攻していたところです。初演は1944年2月13日でした。

私が観劇前に読んだのは芥川比呂志氏による日本語訳版です。

劇の内容自体はソポクレスのものとあまり変わりません。ただし、驚いたのはあまりに現代に則した内容であったということ。

例えば、アンチゴーヌが婚約者エモンと出会ったのは舞踏会であったとか、乳母に「コーヒーを持ってきて」と言うとか、衛兵が噛み煙草を嗜むとか。

もちろん古代にこんな嗜好品はありません。

 

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そして衣装も現代風。事前に見ていたのがチラシの画像だけだったので、これにもちょっとびっくりしました。

企画・製作元のパルコが公開していた映像でご覧いただけます。

まずはチラシに載っている衣装を着たクレオンとアンチゴーヌだけの予告映像。

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そしてこちらは東京公演の本番映像。

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チラシに載っていた古代風衣装とは違うのがよくわかると思います。

アンチゴーヌは腰紐もないシンプルな白いワンピース、クレオンは打って変わってジャケットスタイル。

その他プロローグ兼コロスの女性(高橋紀恵さん)は黒い詰襟のツーピース、エモン(渋谷謙人さん)もシャツでカジュアルに。衛兵たちは革のジャケットに編み上げ靴とお洒落な仕上がり。

あ、アンチゴーヌはぼさぼさのお団子髪でしたが、舞台終盤ではチラシのように髪を下ろしていました。

 

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一方ステージは映像からもわかるとおり十字になっていて、観客が取り囲む形式でした。役者は四方向から出入り。このステージがまた客席から近い。高さは腰あたりでした。

ステージ上には簡素な作りの椅子と豪華な装飾付きの椅子とが向かい合わせに置かれていました。簡素な方はいろんな人が座っていましたが、豪華な方はクレオン用でした。

椅子が置かれていない方の辺はステージから一段下がった部分(黒いですが、映像でもうっすら見えますね)があり、役者がここに下りることもあるという。近い近い。

それから十字の中央は穴に蓋している形で、終盤でアンチゴーヌがその中に入っていきました。生き埋めにするための洞穴ですね。そしておそらく穴から舞台袖に捌けられるよう、ステージの下は空洞になっていたんじゃないかと思います。

 

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『アンチゴーヌ』と『アンティゴネ』とでは主題が大きく異なるのは、それぞれの戯曲を読めばすぐにわかります。

 

これは私の主観による分析ですが、『アンティゴネ』で問題になるのは「神の法と人の法との対立」であり、「女としての生き方」です。

クレオンが定めた法律に従わず、兄をきちんと埋葬してやることが神意に適うことだとするアンティゴネ。暴君クレオンは女風情が俺に逆らうのかと憤り、ときに嘲笑います。それでも自分が正しいと思うことを貫き通し、自分の意志で死んでいったのです。

 

そして『アンチゴーヌ』のテーマは「権力に対してYES/NOを言う、自分を貫き通す勇気」だと思っています。そしてこの問いかけは常に「いま」に向かって為されている。だから衣装も「いま」風。

クレオンは「ポリニスを埋葬してはいけない」という法律を定めておきながら、身内であるアンチゴーヌがその法を犯そうとしたとわかると彼女を助けようとするわけです。

そんなクレオンをアンチゴーヌは笑います。

「(王になるのが)嫌なら、嫌と言えばよかったのよ」

「でも、あなたは『はい』と言ってしまった」

アンチゴーヌの一言一言は、おそらくクレオンだけでなく観客にも刺さっていたでしょう。この部分の蒼井さんの演技、鬼気迫るものがあって怖くもあった。笑顔が怖かった。生瀬さんの怯えたような感じもすごく良かった。

アンチゴーヌはクレオンに言います。「はい」と言って王になったんだから、王として自分を処刑しろ、と。

クレオンの心が揺れ動くさまがはっきりわかるのが、古典劇にはない、現代劇らしい良さだなぁと思います。

 

それと同時に、アンチゴーヌの若さ(と、支離滅裂さ)も際立ちます。

アンチゴーヌは二十歳。兄を埋葬するのは、誰のためでもない自分のためだと主張します。ここが『アンティゴネ』と違うところです。

そして死に際には、結局自分が何のために死ぬのかわからなくなっているあたり、若いというか青いんですよね。未だアイデンティティを模索しているような不安定さが、アンチゴーヌをより魅力的にしていると思います。

 

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アンティゴネ』も『アンチゴーヌ』も良い戯曲ですが、より多くの現代人に刺さるのは後者かと思います。そこはやはり書かれた時代の近さゆえ…。

でも『アンチゴーヌ』をより楽しむには、『アンティゴネ』の知識が必須だと思います。やはりこういう翻案ものは「どう変化したか」を見るのがいちばん楽しいところですから。

 

余談ですが、アンティゴネ/アンチゴーヌを見ていると、伊坂幸太郎氏の小説『魔王』に登場する「クラレッタのスカートを直す」といういちフレーズを思い出します。

ここで伊坂氏の小説の内容を説明する気はありませんが、いつの世も、権力に歯向かっていくのは勇気のいる行為ということですね。でも、できればそういう勇気や強さを持ち合わせて生きたいところです。