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西洋古典学って、ご存知ですか?

【後編】ギュスターヴ・モロー展@ハルカス美術館

↓前編はこちら↓

eureka-merl.hatenablog.com

 

今回扱うのは残った8人、女怪・聖書の女性・歴史上の女性、なのですが、

メインに据えられたサロメの話も少ししておきますと、彼女もまた聖書に登場する女性です。

といっても、新約聖書では「サロメ」という名前は出ておらず、ただ「ヘロディアの娘」と書かれています。

『マタイによる福音書』14章1~12節と、『マルコによる福音書』6章14~29節とにサロメは登場します。

 

サロメのエピソードはモローだけでなく多くの芸術家の心を掴みました。

絵画、小説、映画、演劇、オペラなど、さまざまな媒体でこの物語は語られ続けています。

おそらく最も有名なのは、オスカー・ワイルドが書いた戯曲でしょうか。英訳版でのビアズリーの挿絵も相まって、なんとも不気味な作品に仕上がっています。

この戯曲が日本で最後に上演されたのは1971年とのことですが、またどこかで誰かがやってくれると個人的に嬉しいです。

 

ついでに。「男の首×美女」というモチーフはサロメ以外だと旧約聖書外典に登場する女性ユディトにも共通します。

サロメだと首を盆に乗せており、ユディトだと剣を片手に携えている、という描き方が一般的なので、見分けるのは難しくない、はず!

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ぼちぼち名古屋と大阪でカラヴァッジョ展があるのでカラヴァッジョを例に出すと、上がユディトで下がサロメ

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それでは続きから、モロー展Ⅲ章の人物紹介の続きへ、どうぞ~。

 

 

セイレーン

美しい歌声で船乗りたちを惑わし、海へと引きずり込む女怪。

古代では女の顔を持つ鳥という姿でしたが、時代が下ると人魚のようにも描かれました。ちなみにモローのセイレーンの下半身は、鳥でも魚でもなく、蛇。

セイレーンの絵画で有名なものを例とすると、ウォーターハウスは前者の、ドレイパーは後者のバージョンで描いています。

こちらがウォーターハウスのセイレーン。

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そしてこちらが怖い絵展のときも紹介したドレイパーのセイレーン。

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両者ともに絵の題材としているのが、『オデュッセイア』第12歌。どうしてもセイレーンの歌を聴きたかったオデュッセウスが、帆柱に自身を縛り付けて海に飛び込むことを防ぎ、美声を楽しみながらもその海域を乗り越えた、という話です。

 

スフィンクス

「朝は四本、昼は二本、夜は三本、これなーんだ?」のなぞなぞでお馴染みのスフィンクス。頭から胸までは人間の女、それより下はライオン、ついでに鷲の翼と、ときに蛇の尻尾を持つという姿をしています。

エジプト神話の中での姿は、かの有名なピラミッドの隣の石像が伝えるとおりです。

ギリシャ神話のスフィンクスはなぞなぞを解けなかった者を食い殺すという怪物です。そしてその謎を解いたのがオイディプスという男でした。彼がなぞなぞを解いたことで、スフィンクスは面目が潰れ谷底へ身投げしました。このエピソードはアポロドロスの『ギリシア神話』3巻5章8節に書かれています。そしてオイディプスはテーバイの英雄、国王となるのですが…

という話の続きがソポクレスの悲劇『オイディプス王』で語られます。

 

デリラ

イスラエルの士師であるサムソンの妻であり、夫を裏切ったペリシテ人女性。サムソンの力の源である髪を切り取ったという話は、旧約聖書士師記』16章に書かれています。デリラの行動によって、サムソンは力を失い、両目を抉られ見せ物にされるという悲運に晒されます。

ここまで残酷な話にはなりませんが、髪と共に力を失うという話はギリシャ神話にも存在します。アイスキュロス『コエーポロイ』612行以下、オウィディウス『変身物語』8巻冒頭などに書かれるニーソス王の話がそれです。ニーソスを裏切ったのは妻ではなく、娘のスキュラですが。

 

バトシェバ

カナ表記がモロー展目録と違いますが、私はこっちの書き方に慣れてるので…

イスラエルの王の中でもかなりの重要人物であるダビデの妻であり、ソロモンの母。

といってももともとはダビデの家臣であるウリヤという男の妻でした。

ダビデがバトシェバを見初め、ウリヤから奪い、ソロモンが生まれるまでの話は、旧約聖書『サムエル記』下巻の11・12章で語られます。

 

エヴァ

旧約聖書『創世記』で語られる「アダムとイヴ」の物語といえば、キリスト教社会ではない日本でもかなりの知名度があると思われます。イヴは彼女の名前を英語読みしたもの。日本でおそらく最も多く読まれている新共同訳聖書では「エバ」と表記されています。

絵画の題材となる蛇の誘惑や失楽園について書かれているのは『創世記』3章です。

最初に造られた人間の女性が災いをもたらす、というのはギリシャ神話のパンドラにも共通するプロットですね。パンドラについてはヘシオドスの『仕事と日々』42~105行で語られています。

ついでに言うと、原文ではパンドラの「箱」ではなく「甕」です。

 

メッサリーナ

ローマ帝国第四代皇帝クラウディウスの三番目の妻。

彼女については古代ローマの歴史家たちの著作から知ることができます。スエトニウス『ローマ皇帝伝』の「クラウディウス伝」では26章以降で語られ、彼女が行なってきたことは「破廉恥や不面目(flagitia atque dedecora)」とまとめられています。

また、タキトゥスの『年代記』11巻の末尾ではメッサリーナの死に至るまでが詳しく綴られます。

ひたすら淫蕩にふけり、夫の権力を思うがままに利用したメッサリーナと、尻に敷かれ続け、妻の死を聞いても一切動じなかったというクラウディウス帝。ふたりが組み合わさったからこそメッサリーナがfemme fataleになったのかもしれません。

 

クレオパトラ

世界三大美女のひとりとしても名高いクレオパトラ七世。が、本当に容姿に優れていたかどうかははっきりしないというのが実際のところです。

というのも、プルタルコスの『英雄伝』の中の「カエサル伝」や「アントニウス伝」で語られる彼女の魅力は、巧みな話術や声の良さなのです。

そうは言っても彼女がカエサルアントニウスを翻弄したのは確かで、きっと彼らには相当の美女に見えたことだろうと思います。恋は盲目。まぁめっちゃ絶賛されたわけではなかっただけで、醜いということはなかったようなので。

ちなみに、キケロは紀元前44年6月13日(?)付のアッティクス宛書簡で、「女王は嫌いだ (reginam odi.)」と言っています。カエサルの死後、キケロに何か頼み事をしてきたらしい、というのが手紙の内容から窺えますが、クレオパトラの「傲慢さ(superbia)」が気に食わなかったようです。

 

サッポー

プラトンによって「10番目のムーサ」と評された古代ギリシャの女詩人。

女性同性愛と結びつけられ、彼女が住んでいたレスボス島がレズビアンの語源になったことは有名です。が、パオーンという若者に想いを寄せ、失恋の末に身投げしたという伝説があります。モローのサッポー画はこの伝説によるものです。

オウィディウス『名婦の書簡』にはサッポーからパオーンへ宛てた手紙があります。さまざまな神話を織り交ぜながら語りかけてくるのがオウィディウスっぽい。韻律はサッポー風じゃなくてエレゲイアですが、それについての言い訳は冒頭でちゃんとしてあります(笑)

サッポー自身の作品は残念ながら断片しか残っていません。アレクサンドリア図書館を燃やした人たちを恨むしかありませんね。

 

*****

 

モロー展で彼女らの美しさに魅了された方々が、モローと同様に文学からも彼女らのfataleっぷりを感じてくれたら嬉しいです。

ハルカス美術館での会期は来週23日まで。その後10/1~11/24に福岡市美術館へ巡回します。

モロー美術館がここまで大作を大放出してくれるのは滅多にないことだと思いますので、ぜひ現地へ足をお運びください!