Εὕρηκα!

西洋古典学って、ご存知ですか?

ディズニー映画『ヘラクレス』コメンタリ ~Zero to Hero~

前回の記事はこちら

eureka-merl.hatenablog.com

 

というわけで!!怪物ヒュドラを倒して経験値を得たヘラクレスはテーバイ市民の皆様からめでたく「ヒーロー」と認定されました!!

そしてここで神曲「Zero to Hero」が始まります!!!

 

まず曲のタイトルがいいよね。ZがHに一文字変わるだけで意味がごろっと変わるっていう言葉の魔法はもちろん、ギリシャ文字だとZとHって隣り合う文字だからね。ZeroがHeroに変わるのなんてほんの些細なきっかけ次第なんだなって思うよね。いいよね。

 

それでは続きから曲の解説へ、どうぞ。

 

 

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久しぶりのムーサイの皆さん。イントロのお喋りはもちろん長女のカリオペ姉さんの担当。しっかり先日のヒュドラ退治の模様は陶器画になっています。

 

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少年少女からサインを求められるヘラクレス。この時代は基本的に文字は紙に書かずに石に刻むというスタイルです。

でもやっぱりラテン文字を使って英語の綴りで書いています。もちろんギリシャで使われていた文字とは異なります。本来の綴りは ΗΡΑΚΛΗΣ(ラテン文字に置き換えると Hēraklēs)です。まぁ、こまけぇこたぁいいんだよ。

 

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ファンサービスの最中に突然現れる巨大な猪(もちろんこの映画ではハデスが送り込んだもの)。

ヘラクレスが倒した豚ないし猪の怪物として挙げられるのは、12の難業のひとつでもあったエリュマントスの化け猪です。

 

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そして、神への生贄となった獣の肉で犠牲式後に焼肉パーティーをするのが古代のならわしですが、さすがにこの怪物は食べてないんじゃないかな…本来のミッションは「生け捕り」やし…。

 

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「出演料と印税でお金持ち」という身もふたもない日本語歌詞だいすき。

古代ギリシャにもいちおう金貨はありました。ただし、もともとギリシャでは材質で貨幣の種類分けがされていたのではなく、重さで呼び名が変わっていました。

 

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そしてこれはどう見てもアメックスのクレカのパロディですありがとうございます。

まずAmerican ExpressではなくGrecian Express。これは映画の舞台が古代ギリシャだから当然といえば当然の書き換え。

カード番号はローマ数字ですね、VI V XI - XI V - XV XVI IV とあります。これをアラビア数字に直すと 6 5 11 - 11 5 - 15 16 4 です。アメックスのカード番号は15桁らしいのでちょっと足りないのですが、個人情報流出防止のためってことにしときましょう。

で、有効期限は IV M BC 、会員資格取得年が I M BC。Mはローマ数字だと1000です。ただIVMとかIMという書き方をする数はないので、謎。IMはもしかしたら999と言いたい可能性はあります(ふつうはこう書かない)。BCはきっと数字ではなく「紀元前」ですね。

署名はHERCULES。やっぱり英語(というかラテン語)の綴りなのね。

 

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次に退治されるのは獅子。ヘラクレスが倒したとされる獅子は二頭いて、一頭はテーバイのキタイロン山にいて作物を荒らしていたライオン、もう一頭は12の難業の最初であったネメアの化け獅子です。

テーバイの町のど真ん中で格闘しているので前者とも考えられますが、後の場面でこの獅子の皮を被っているところが見られるので、後者を意識したものでしょう。

本家ネメアの獅子はヘラクレスに絞め殺されていますが、こちらは殴り飛ばされています。どっちにしろ武器は素手

 

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これはディズニーストアみたいなものですね。

ちなみに、アメリカのディズニーストア1号店の開店は1987年だったそうで、この映画が公開された年はちょうど10周年にあたります。このことがこの場面と関係するかは知りませんが。

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次のミッションは怪鳥退治。12の難業で云うとステュンパリデスの鳥にあたるでしょうか。画面を縁取るラーメンどんぶりみたいな模様はギリシャでよく見られたメアンドロス模様です。
本家ヘラクレスは飛行手段を持たないので、ガラガラのような音を立てる道具で鳥たちを驚かせ、飛びあがったところを射落としたそうな(つまり武器も違う)。

 

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続いて海蛇退治。 12の難業から逸れて、トロイアでポセイドンが送り込んだ怪物を倒したという話が元ネタと思われます。

このときトロイア王女ヘーシオネーが怪物の犠牲に捧げられるところであり、ヘラクレスは王ラオメドンに条件をつけて娘を救ったわけですが、王は約束を守らなかったそうな。

 

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少し怪物退治はお休みして観劇する英雄。ついに演劇の題材になっちゃったヘラクレス(とピロクテテス)です。

古代ギリシャ演劇は役者も観客も審査員も全員男性です(観客には女性もいたという説もありますが不確か)。そして合唱隊も演劇には欠かせない構成員でしたが、これも全員男性です。女性の役も男性が演じます。

そういった事情から、役者は役に応じた仮面と衣装を身に付けます。ただし、ここにあるような手に持つタイプの仮面ではなく、ヘルメットのようにずっぽり被るタイプだったとどこかで読んだような…。

 

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劇場はこのように半円形になっています。前方の良い席は神官など大事なひとに割り当てられました。ヘラクレスはそれよりさらに良い席をあてがわれていますが。

ちなみに、役者たちがいる中央部分はオルケーストラと呼ばれ、本来は合唱隊がいる場所です。実際の古代の役者たちはその後ろにある舞台(スケーネー)で演技しました。それぞれ英語のorchestraとsceneの語源ですね。

 

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ところ変わってこちらはヘラクレスの実家。やたら大きい神殿のようなものが建ち、馬車も上等になっています。ロバのペネロペイアちゃんは相変わらず。

ギリシャの建物といえばパルテノン神殿をはじめ真っ白!というイメージが強いかもしれませんが、もともとはここにあるように色とりどりに彩色されていたそうです。

 

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盛り上がってきたところで喜劇を司るムーサ・タレイアが吹いているのは、古代ギリシャの笛・アウロス。二本セットの笛なので、複数形でアウロイとも呼ばれます。

演劇祭や競技祭といった公でのパフォーマンスでも、宴会など私的な場でも用いられた楽器。

 

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さて、怪物三点セットがハデスから送り込まれました。左からミノタウロス、グリュプス、ゴルゴーンです。

本家ミノタウロスを倒したのはヘラクレスではなく、テセウスです。そして本家ゴルゴーン(の末っ子メドゥーサ)を倒したのはペルセウス。いずれもこの作品ではヘラクレスの兄弟子扱いです。

グリュプス――グリフォンの方が耳馴染みありますね――は、ギリシャ神話内ではお見かけしないものの、歴史家ヘロドトスやパウサニアスの作品で名前は登場しています。

 

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このチャプター、いやこの作品でいちばんわけがわからなかったシーン(笑)

ギリシャ神話で火山がらみの話といえばテュポーン退治です。ティタノマキアとギガントマキアの後、なおもオリュンポスの神々への怒りが収まらなかったガイアが送り込んだ最後の刺客。

詳細を省いて結末だけ述べると、ゼウスがすったもんだして最終的にエトナ山を彼の上に投げつけて終結します。彼が暴れるたび、エトナ山は噴火するようになったとか。

とはいえこれは神様同士の争いであり、その決着にはヘラクレスはおろかどの人間も指一本触れていないのですが……この映画ではたびたび起きる噴火を止める役割を負ったって設定ですかね。謎。

 

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夜空に浮かぶ星座たち――熊はきっとおおぐま座マリリン・モンローを模した女性はたぶんおとめ座、魚はサイズを考慮するといるか座かなぁ…(いるかは魚じゃないけど、このサイズで星座絵が魚っぽいのいるか座ぐらいでは?)

そして実際の星座の配置とは全然一致していません(笑)

 

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ハリウッドのグローマンズ・チャイニーズ・シアターの前庭にあるスターたちの手形足形のパロディですね。SIDはこの劇場の建設に携わった興行師シド・グローマンのことだそうな。

画面上でペガソスの右後ろにはペルセウスの手形が、ヘラクレスの左隣にはアキレウスの足形もあります。そしてふたりの間にはアプロディーテーとゼウスの名前も見えますが、神様がどうやってセメントに痕跡を残したと…?

 

 

順調に経験も富も積んでいるヘラクレスですが、はたして「本物のヒーロー」には近づいているのか?

つづく!!