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前回はオリンポスの神々+αをひたすら紹介して終わりましたが、今回も似た感じになりそうです。
もっとも、前回のようなキラキラした登場人物は少ないのですが。
いきなり登場、死者たちの王ハデス。
【ギリシア料理ムサカ】
ゼウスがヘラクレスに対し「可愛い坊や」と呼びかけてキスしたことに対し、冥王ハデスは「よくやるぜ(How sentimental...)」とぽつり。
日本語訳では「セリフがクサすぎて吐き気がしてきたぜ」となっていますが、もとの台詞は
You know, I haven't been this choked up since I got a hunk of moussaka caught in my throat!
です。要するにムサカでムカムカってとこです。(あ~~~しょうもないのは重々承知してるんで座布団持って行かんとってください~~~)
ここでハデスが言っているムサカ(moussaka)は地中海料理のひとつ。茄子・じゃが芋・挽肉・ベシャメルソースを重ねてオーブンで焼いた料理です。はい美味しい。
ただハデスさんが言うとおり、食べすぎるとちょっとつらいかもしれません。
そしてこの料理のレシピが出来たのは1920年代とwikipedia先生が言っていました。めっちゃ最近やーん。
【モザイク美術?】
ハデスの言葉にしらける神々。それを見たハデスは「モザイクかな?」と一言。
言わずもがなモザイク美術は古代世界で発達したものです。特に古代ローマ時代の床の装飾などが有名。(昨年日本各地を巡回していた古代ギリシャ展でも展示されていました)
【籤で決まった役職】
ゼウスさんそれ笑えませんて!
ゼウスが天、ポセイドンが海、ハデスが冥界を治めるようになったのは籤引きでそういう結果になったからです。
人間はいつでもどこでも死ぬものですから、籤運の悪かったハデスのみ24時間態勢で働かざるをえなくなりました。彼はとても忙しくて、今回の祝宴にも「出たいんだけど無理なんだよね~」と言っています。
そんなハデスをきちんと気遣えないゼウスは「冥界の神が働きすぎて死んじゃうぜHAHAHA」と大笑い。周りの神もゼウスのジョークに爆笑。
…ハデスがかわいそうになるひとコマ。
【冥府の河】
というわけで彼は来て早々にオリンポスを去り、冥界へ戻ります。
その時に渡っているこの河がステュクスです。冥界にはいくつか河がありますが、ステュクスはこの世とあの世との境目。人は死ぬとまずこの河を渡らなければなりません。
そして渡るためにはカロン(映画だと画像中の船を漕いでいる骸骨っぽい奴)の船に乗らなければいけません。しかも無料じゃない。運賃として彼が要求するのは1オボロス。
なので古代ギリシアでは葬儀の際、死者の口に1オボロス硬貨を含ませておく風習がありました。彼岸へ渡れず境目でふよふよするのは遺族にとっても本人にとってもよろしくないので。
また古代の文献だと「ステュクスには霊魂が浮いている」といった記述は見られないはずですが、13,4世紀イタリアの詩人ダンテの『神曲』ではこのように書かれていました。
灰いろの切り立った崖の下へ出ると、スティージェという名の沼になっている。そこで、わたしはじっと目をこらしてみると、その沼地のなかに泥まみれの魂たちが見えた、まっ裸で面に怒気をあらわしている人たちだ。
(地獄篇第7歌107-110行、三浦逸雄訳)
『神曲』だとステュクスは沼地で、境目の河はアケロンになっていますが、これは古代ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネーイス』第6歌でそれぞれステュクスの沼(Stygiam ... paludem, 6.369)、アケロンの流れ(Acherontis ... undas, 6.295)と書かれているので、その影響でしょう。
【冥府の番犬】
こちらが冥府の番犬ケルベロスです。古代人はこんなにデカい犬とは考えていなかったと思いますが(笑) 目印は三つの首。
【ハデスの子分たち】
ハデスの子分・ペインとパニック。古典だと彼らのような存在はいないのですが、いわゆる「悪魔」な見た目をしています。
ちなみにハデスも映画終盤でDevilと言われています。悪役が悪魔として描かれるというのはキリスト教的価値観が定着した欧米社会ならではかもしれません。
【運命の三女神】
古来ギリシアでは運命の女神は三柱から成るとされていました。ギリシア語では彼女らをまとめて「モイライ(μοῖραι)」と言います。これは複数形で、単数形だと「モイラ」ですが、もともとモイラは「割り当て」という意味です。
彼女らの仕事は、人の寿命を定める糸を紡ぎ、測り、切ること。つまり死すべき人間に寿命を「割り当て」ること。
それぞれクロト(右)、ラケシス(左)、アトロポス(中)が担当していました。
モイライは老婆だという話もあるそうですが、それは古代人の「老女には予言の才能がある」という認識に通ずるのかもしれません。
ただし、この三人にはグライアイの要素もあると言っておかなければなりません。
グライアイとはギリシア神話に登場する一種の怪人であり、一本の歯と一つの眼球を共有する老婆三人組です。(三人で一本と一つ、ですよ)(研究室の先生曰く、究極に老いた状態)
ディズニーのモイライは、少なくとも眼球は三人で一つのようですし、後述する内容を見ても明らかにグライアイを意識していると思われます。
【世界地図】
アトロポスが糸を切った途端、死者の叫び声が木霊する冥界。一瞬画面中央に映るのはおそらく世界地図です。
当然と言えば当然ですが、古代の人々は地球が丸いだなんて知りません。ギリシア人にとって地上世界とは、地中海を中心とした平面世界でした。またその範囲も狭く、およそ地中海沿岸のみ陸があって、その外側は全てオケアノス(海)で囲まれていると考えられていました。
ディズニー版はさらに簡素になっているようですが…。
【ペルセウスと重なるハデス】
モイライの眼球を手にして自分の運命に関する予言を交渉する場面。ハデスはおだてて予言を吐かせるのですが、絵面はどうにもメドゥーサ討伐前のペルセウス。
ペルセウスはグライアイのたった一つの眼球を奪って、返してほしけりゃゴルゴン三姉妹の居場所を吐けと言ったのでした。(その後眼球は返したとも捨てたとも…)
そしてモイライたちが下した「神託」の内容は以下のとおり。
18年後、惑星が一列に並ぶ。その時に幽閉されたティタン神族を解放すればゼウスの権力は地に堕ち、ハデスが全てを支配することになる。ただしヘラクレスと戦うことになればハデスは負ける。
【不死なる者たち】
神託を受け、ハデスは考えます。
そして子分たちに質問します。「どうすれば神を殺せる?」
子分たちの解答は「殺せない」。そして正解。神は不死なる存在なので殺せません。
そういうわけでハデスはまずヘラクレスを「死すべき者(mortal=人間)」に変えようとします。
この不死なる者(神)/死すべき者(人間)という表現は古典でよく見られますね。
そろそろ物語が動きだします。赤子ヘラクレス編は次回で終わりです。