ディズニーがギリシャ神話モチーフを使った映像作品は『ヘラクレス』だけじゃないんやでって話。
『ヘラクレス』のコメンタリはこちらからどうぞ。
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今回取り上げる『ファンタジア』は、ディズニーが1940年に製作した作品です。『白雪姫』『ピノキオ』に次ぐ三作目の長編アニメーション映画です。
クラシック音楽を背景に八編の物語が展開されるという構成になっており、全編通して台詞はほぼありません。が、美しい音楽と映像が融合するこの作品は、数々のディズニー映画の中でも「最高傑作」と言って過言ではないでしょう。
2000年には『ファンタジア2000』という続編も作られました。
八編のうち五番目の物語(「第五章」と呼んでおきます)では、ベートーヴェンの『田園交響曲』をBGMに、ギリシャ神話を基にした牧歌的世界が広がります。
今回はその第五章に出てくるキャラクターの解説記事です。が、思いのほか長くなったので前後編に分けます。最近こればっかりやな。
前編で扱うのは第一楽章「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」と第二楽章「小川のほとりの情景」です。
まず第一楽章。夜が明けて薔薇色の曙が訪れ、登場するのはユニコーンたちです。
ユニコーンというのはラテン語のunicornusに由来する呼び名であり、uniが「ひとつ」、cornusが「角」を意味するので文字通り「一角獣」です。ギリシャ語ではmonokerōsという名前ですが、これもmonoが「ひとつ」、kerōsが「角」という意味なので同じですね。
この生物については紀元前四世紀からたくさんの記述が出てきます。
アリストテレスは『動物部分論』3.2 663a と『動物誌』2.1 499b で「インドのロバと呼ばれる」単角で単蹄の生き物について述べています。ただし、これはインドサイのことだと考えられています。
みんな大好きカエサルおじさんも『ガリア戦記』6.26で「額の真ん中から一本角が生えた鹿のような馬」がゲルマニアの森にいたと報告しています。とはいえ、その角の形状が「掌や枝のように広がっている」ことから、これはトナカイやヘラジカの類と考えられています。
前1世紀の地理学者ストラボンは『地誌』15.1.56 でメガステネスの言説を引用しながら、カウカソス山脈地帯には「一角獣で鹿の頭をした馬がいる」と述べています。
後2世紀のアイリアノス『動物奇譚集』3.41とピロストラトス『テュアナのアポロニオス伝』3.2では、インドの人々が一角獣の角で解毒作用を持つ盃を作っており、その盃から飲んでいるがゆえに健康であることが報告されています。
また、アイリアノスはユニコーンの見た目についても述べており、同著作4.53によると、「全身が白く、眼が青い」そうです。さらに、「角の下部は白、上部は深紅、真ん中は漆黒」とのこと。
次に出てくるのは下半身が山羊の男の子たち。幼いサテュロスたちです。
サテュロスは古代の壺絵にもよく(ディオニュソス様と一緒に)出てきますが、だいたいおじさんの姿です。こんなに可愛くないです。あとだいたいいつも余計なところがエキサイト(意味深)しています。って師匠が授業中に言ってた。
次は有翼の馬ペガソスたちです。この生物についてはTDSのアトラクション「ソアリン」の解説記事で書いたのでご参照ください。
ユニコーンは実際にいるかもしれない生物として書かれていたけど、ペガソスは完全に神話の中の生物って感じですね。ポケモンでいうと「伝説のポケモン」と「幻のポケモン」との違い…みたいな?
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巣の形状といい、水面での姿といい、この作品におけるペガソスたちはまるで白鳥のよう。
さて、第二楽章。続いては泉で沐浴する美女たちが現れました。泉のニンフかとも思われますが、
出てきた下半身は馬のそれなので、ケンタウリス(雌のケンタウロス)です。
一応LSJっていうでっかい希英辞典で調べましたが、雌は雄と同じくケンタウロスって言っちゃう(ルキアノス『ゼウクシス』4)かケンタウリス(ピロストラトス『表象論』2.3)、らしいです。ネットでは「ケンタウレー」という呼び方も見かけましたが、辞書にはありませんでした。
雌は古代の文献でもほんの少ししか出てこないので初耳という方も多いかと思います。が、まぁケンタウロスの構成要素である人間も馬も雄と雌とがいるのに合体したら片方だけっていうのは考えてみれば変な話で。
ちなみにこのブログではお馴染みのオウィディウス『変身物語』12巻404-415行に、ヒュロノメーというケンタウリスの記述があります。
ケンタウリスたちの周りには羽の生えた幼児がいます。
ここがギリシャ神話に基づく世界であることを踏まえると、この子たちはエロースあるいはクピードー(いわゆるキューピッド)でしょうが、この神は複数存在するわけではないので、飛び交っている彼らはイタリア語でプッティと呼ぶのが正確でしょう。
プッティ(単数形はプット)はルネサンス絵画によく登場するキャラクターで、神話画だとエロース、宗教画だと天使の役割を果たします。便利。
エロースとして描かれるときは目印(アトリビュートってやつ)として弓矢を携えていることが多いのですが、ディズニーではそのルールは適用されていません。まぁ文脈で十分察せるからね。
さて、プッティはケンタウリスたちの身支度の手伝いをしています。彼女たちが何故おめかししているかというと、
このケンタウロスたちとのお見合い(??)があるからです。
そういうわけでそのへんにあった花やら樹皮やら鳥で総仕上げ。頭飾りの盛り具合がロココ感ある。さっき紹介したヒュロノメーもお花や毛皮でおめかししている様子が書かれていました。
エロースの力をもってすればカップルが何組もできるのです。祝婚歌に出てくるような牧歌世界。
相手を上手く見つけられない者同士をくっつけることもお手の物です。エロースが誰かに恋をさせる時は矢を射込むものですが、この牧歌世界においてはただそこにいるだけで良いらしいです。花吹雪を散らす程度の盛り上げ役にはなっていますが。
前編はここまで。神話生物のお話がメインでしたね。後編は神さま方がたくさん登場します。