Εὕρηκα!

西洋古典学って、ご存知ですか?

エレフセウス、別名「英雄詰め合わせセット」

Moira12周年……だと……!?

 

というわけで今回は幻想楽団Sound Horizon略してサンホラの6th story CD「Moira」の話です。<○><○>メッ!!

 

サンホラというグループはなかなか特殊な楽曲を作っており、ミュージカルのような「物語音楽」と言えます。

ひとつのアルバムがひとつの大きな物語となっており、楽曲ごとでも話が完結していたりいなかったりします。

そして主にヨーロッパを舞台としています。

「Moira」の舞台となっているのはギリシャ。古代、と付けたいどころですが、使っている言語がほぼ現代ギリシャ語なので単にギリシャとしておきます(アルバムタイトルもモイラではなく現代風にミラと読む)。

全15曲のアルバムで、2曲目と15曲目はロシアの大富豪ズヴォリンスキー目線の話、3~14曲目は彼が愛読してきた叙事詩の内容となっています。1曲目は死神タナトスのおうた。古典学徒的には、あのドジっ子タナトスが冥王ハデスの立ち位置にいるのがなんとも愉快。

 

叙事詩の主人公の名前はエレフセウス。なので叙事詩のタイトルは『エレフセイア』。M9「遥か地平線の彼方」で詩人ミロスがそう言っています。

詳しくは後述しますが、この叙事詩が『イーリアス』をモデルにしていることは明らか。つまりエレフセウスのモデルはアキレウスということになるのですが、他にも様々な英雄の物語があわさって『エレフセイア』が出来上がっている、というのが私の持論です。あくまでそこは幻想ギリシャ世界。

というわけで今回はエレフセウスという人物像がどの英雄あるいは神話をもとに構築されているかを述べていきます。※一部解釈違いがあるかもしれません。

 

 

1人目:アキレウス

まずM2「人生は入れ子人形」に出てくるロシア人の資産家ズヴォリンスキーは明らかにシュリーマンがモデルです。シュリーマンが『イーリアス』をもとにトロイアを発掘したのと同様に、ズヴォリンスキーも『エレウセイア』に書かれた風都イーリオンが存在すると信じ、そして掘り当てました。

また『イーリアス』の主人公アキレウスは怒りを原動力として戦います。特に親友であったパトロクロスを亡くしてからが凄まじい。

エレフセウスもまた、奴隷としてイーリオンの城壁工事に携わっているときから沸々と怒りをたぎらせ、双子の妹アルテミシアを亡くしてからはイーリオンへ全ての怒りをぶつけるように戦いを仕掛けます。彼もまたアキレウスのような怒れる英雄と言えるでしょう。

 

2人目:オデュッセウス

M7「死と嘆きと風の都」の終盤、英語による語りと効果音により、風都から逃れたエレフセウスとアルテミシアが嵐に遭い、別々の地に漂着したことが示唆されます。

嵐に見舞われ縁ない土地に漂流するというのは『オデュッセイア』でのオデュッセウスに重なります。およそ5歌から6歌にかけてのあたりですね。

そしてM9「遥か地平線の彼方へ」では、エレフセウスが詩人ミロスと旅をして故郷アルカディアへ辿り着く様子が歌われます。漂着後紆余曲折あって故郷へ辿り着くというのもオデュッセウスとの共通事項です。

ただし、オデュッセウスの父は存命であり、彼が母の死を知ったのは冥界での出来事ですが。

 

3人目:アイネイアス

アイネイアスオデュッセウス同様、トロイアから離れて海上を漂った人物です。

M9「遥か地平線の彼方へ」の終盤で、老いた盲目の詩人ミロスはこのようなことを言います。

 「友よ、己の信じた道を行きなさい。死すべきもの、我は詠おうぞ。エレフセイア…愛すべき友を…戦いの詩を…」

これは古代ローマ叙事詩アエネーイス』の冒頭――「戦いと男を私は歌う(Arma virumque cano)」――に似ています。

ただし、ミロスのモデルとなった人物は『アエネーイス』の著者ウェルギリウスではなく、ほぼ確実にホメロスです。あるいは、神々の系譜を語っていることからヘシオドス(『神統記』の作家)とも考えられます。いずれにせよ最初期の叙事詩人です。

 

4人目:パリス

M6「雷神域の英雄」の終盤では合唱隊が「太陽 闇 蝕まれし日 生まれ堕つる者 破滅を紡ぐ」と歌い、イリオン第一王子レオンティウスの幼少期、弟が生まれたときの回想シーンが入ります。このとき神託によって忌み子とみなされ、都から追放されて山中で育てられたのがエレフセウス(とアルテミシア)と思われます。M9「遥か地平線の彼方へ」の最後に忌み子として捨てられたのはオリオンだという発言もありますが、私がこう解釈する理由はふたつ。

・M4「運命の双子」でエレフたちの養い親として登場する男性とM6「雷神域の英雄」で最後に「ここは私めにお任せください」と王妃に進言する家臣との声優が同じ(CV:大塚明夫)。ちなみにその家臣の名はポリュデウケスで、弟(CV:小山力也)の名はカストル。スパルタ(ラコニア)生まれの双子の英雄ディオスクーロイの名前そのままです。M4「運命の双子」でスコルピオスがラコニア軍云々言っているのはたぶんそういうこと。

・M14「死せる英雄達の物語」の終盤で王妃がレオンとエレフを対等に愛称で呼ぶ(エレフと初対面ならこうはならないはず)

国に破滅をもたらす者として山に捨てられたギリシャ神話の人物といえば、トロイア第二王子のパリス。エレフセウスも本来ならイリオン第二王子の地位にあったので、かなり近しい存在です。そしてふたりとも結局は都に帰ってきて(方法は違えど)都を滅ぼすのです。

 

ところでM14「死せる英雄達の物語」冒頭の王妃とレオンティウスの会話はテティスアキレウスのそれを思わせます。

「死を招く紫水晶の瞳…。あの者と戦ってはなりません。」「貴方は平凡な生より、英雄としての死を望むというのですか?」

アキレウスの母である女神テティスは、トロイアへ戦いに行く息子にこう告げたそうです。トロイアを攻め続ければ死と引き換えに普及の名誉を得られる、帰国すれば名声は得られないが長生きできる、と。いわば「英雄としての死」か「平凡な生」かの選択をアキレウスも迫られ、名誉と死を選んだのです。

そういった点ではレオンティウスもまたアキレウスの要素を持ち合わせていると言えます。

 

5人目:ポリュネイケス

4人目まではトロイア戦争の関係者でしたが、もうひとつギリシャ神話上で忘れてはいけない大きな戦争がテーバイ戦争です。

オイディプスがテーバイから去った後、その王位はふたりの息子たちが引き継ぎました。交代で王座についていたふたりでしたが、あるとき弟エテオクレスが譲らず、兄ポリュネイケスと決別します。兄は他国へ亡命し、王の命に従ってその地の男たちと共にテーバイへ攻め入ります。兄弟はテーバイの城門付近で一騎討ち、そして相討ちとなったのでした。この物語はギリシャ悲劇詩人アイスキュロスの『テーバイ攻めの七将』などで伝えられますが、紀元前8世紀頃に編まれた叙事詩群「叙事詩の環」の中にもテーバイ戦争にまつわる叙事詩があったそうです(ただし散逸)。

エレフセウスがレオンティウスの弟であるなら、まさにテーバイで起きた悲劇のままに、兄弟同士が都の城壁のそばで戦い、両者とも果てたのです。王位継承者として都に留まったレオンティウスがエテオクレス、都を攻めた国賊となったエレフセウスがポリュネイケスの役割を果たしています。

 

 

マト<○><○>メッ!!

書けば書くほどRevo陛下がどれだけしっかりギリシャ神話を勉強したかが知れました。本当に恐ろしいお方です(褒めてる)。

「Moira」は私が古典学の世界に足を踏み入れるきっかけとなった作品なので、これからも多くの方に愛されてたくさん聴かれることを願っています。私はもっと聴きこんで現代ギリシャ語の勉強にも役立てたい…!

12周年おめでとうございます!!