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西洋古典学って、ご存知ですか?

【... et Naso】推しを語る #1

皆様お久しぶりです。

そして何ヶ月も更新せず既存の連載記事も完結していないのに新しいシリーズを始めます。題して「推しを語る」

私の「推し」、つまりオウィディウスという詩人について好き勝手語り散らすシリーズです(今回含め全10回の予定)。

というのも、今年度も私は大学でTA(ティーチング・アシスタント)を務めていて、西洋古典文学史の授業でイラスト付きの資料を描くという仕事を仰せつかっていました。

その締めくくりに、私の研究対象であるオウィディウスの作品について形式は何でもいいからとにかく語ってほしいという最高の仕事をいただいたのです。

そして興奮しまくった私は学部生向けの資料だというのに二万字超えの怪文書を作ってしまいました……笑

で、せっかく書いたからここにも載せたろ!!!という次第です。

 

もとの文書の内容は、オウィディウスの生涯を辿りながら彼の各著作についての概要を説明していく、というものでした。

ここには分割して加筆修正したものを載せていきます。

 

第1回である今回は【... et Naso】、つまり「〇〇とナーソー」と題しました。

○○に入るのは、彼の作品を紐解く上で欠かせないキーワード、「エレゲイア」「恋愛詩」「カリマコス」です。

今回はこのキーワード3つと、オウィディウスの詩人デビュー前の経歴についてお話していきます。

 

 

オウィディウスの生い立ち】

※以下はオウィディウスの自伝こと『悲しみの歌』第四巻10歌でうたわれている内容を簡単にまとめたものです。

紀元前43年3月20日、中部イタリアのまちスルモーでオウィディウスは生まれました。

フルネームはプブリウス・オウィディウス・ナーソー(Publius Ovidius Naso)といいます。

騎士階級というそこそこ良い家柄に生まれたプブリウスくんは、当時のエリート男子の例に漏れず、修辞学と弁論術を学び、都ローマへ上って著名な学者たちの教えを受けました。

ひとつ年上のお兄さんは弁論の才能に恵まれたようですが(※あくまで弟の主観による)、弟は弁論よりも詩に心を引かれました。

そんな彼に父親は「詩なんか書いても金にならんやろ」と言い、プブリウス自身もなんとかその夢を諦めようとするのですが、どうしても口から韻文が出てきたと彼は回顧しています(そんなことある?……って思うけど、言葉がリズミカルなひとっているよね)


やがて兄弟はともに成人し、本格的に政治の道を志したのですが、お兄さんは20歳で亡くなりました。

一方、弟プブリウスは予定通り官職に就いたのですが、早々に辞めてしまいました。どうしても詩人の夢を諦められなかったのです。

詩人たちのサークルは彼を温かく迎えました。ホラティウスの歌やプロペルティウスの朗唱は彼を魅了しました。

叙事詩イアンボス、抒情詩――さまざまな詩のかたちが既にギリシャからローマへ流入していましたが、オウィディウスが自身の作品のために選んだ韻律は、恋を謳うためのものとなっていたエレゲイアでした。

 

 

【前提知識① エレゲイアという韻律】

ここでエレゲイアというものについて説明せねばなりません。というか、韻律というものの重要性について。

文学作品はまず大きく分けて韻文と散文に分かれます。韻律が付いているか、いないか。韻律の定義は時代や国によって変わるのですが、古代ギリシャ・ローマ文学では音節の長短の組み合わせ方を指します。

古代世界で最もポピュラー(?)な韻律はヘクサメトロスというものです。日本語だと六脚律とも呼ばれます。この韻律はホメロスの『イリアス』やヘシオドスの『神統記』といった「叙事詩」のジャンルで主に使われたものです。「長短短」あるいは「長長」というリズムを1行の中で6回繰り返します。図にするとこんな感じ。

 ー v v / ー v v / ー v v / ー v v / ー v v / ー v  

※-が長、vが短。v v は長1つか短2つ。

ずっと同じリズムが続くので、長い文章を朗々と語る、まさに叙事詩のようなジャンルにぴったりの韻律です。

 

これに対してエレゲイアは2行1組の韻律で、奇数行はヘクサメトロスと同じだけれど偶数行はちょっと違います。

偶数行は「五脚律」というもので、先ほどの「長短短」を2.5×2回繰り返します。

2.5×2って何やねんって思うでしょうから、これも図示してみます。

ー v v / ー v v / ー v v / ー v v / ー v v / ー v

  ー v v / ー v v / ー  //  ー v v / ー v v /

2行目が偶数行の五脚律です。「長短短」が二回繰り返されたあと長音節がひとつ、で、2.5回となります。ちなみに、この2.5回分のひとかたまりは「ヘーミエペス(エポスの半分)」と呼ばれます。

あと、2行目の真ん中にある // という記号は「カエスーラ」を表しています。カエスーラは単語の切れ目を意味します。ここでリズムが強制的に変わるのです。

そういうわけでエレゲイアは毎行リズムが変わってしまうので、コンパクトな文章を歌うのに適しています。

この韻律を用いた詩は、内容はどうあれ全て「エレゲイア詩」と呼ぶのですが、恋や宴といった個人的な出来事が題材となることが多いです。

 

さて、エレゲイアはヘクサメトロスと「ちょっと違う」韻律というのが重要です。

といっても、この「ちょっとの違い」の捉え方は人によって様々なので、今はいったん置いておきます。

 

 

【前提知識② 恋愛エレゲイア詩】

エレゲイアの韻律を用いて恋愛をテーマにした詩、というのはもちろんギリシャにもたくさんあるのですが、ローマで「恋愛エレゲイア詩」と言うと独自のいちジャンルを指します。

カトゥッルスから始まったこのジャンルは、ガッルスが確立させ、ティブッルスとプロペルティウスによって繁栄し、オウィディウスの手で徐々に変化していきました。恋愛エレゲイア詩の定型は以下のようなものです。

① 詩人本人(男性)の恋愛体験を歌った主体的恋愛詩

② 恋人(女性)の名前は偽名にするが、音節の数や長さは合わせる ※本人の目の前で歌う時は名前を入れ替えて読めるように

③ 恋人を「domina(女主人)」と呼ぶ

④ 自身の恋愛体験を神話に重ねる

⑤ 韻律はエレゲイア

そして、ティブッルスとプロペルティウスの作品に顕著に見られるのが反戦の意思です。

この二人はローマで起きた内乱を経験しており、戦争によるさまざまな不利益を被った男たちです。

だからこそ、彼らは戦争を人一倍嫌いました。軍務を経て官職として出世していき、国家へ貢献することがローマ男子の最大の誉れとされていた時代であり、恋愛は若いときだけに許される遊びでしたが、彼らはその通念に逆らいました。

恋愛という、誰にも危害を加えない戦いの中で自分たちは名誉を得るのだと、彼らは詩の中で表明しています。

ティブッルスは富と欲望に塗れた都会を厭い、田園世界での恋を賛美しました。

 

Divitias alius fulvo sibi congerat auro

    et teneat culti jugera multa soli,

quam labor adsiduus vicino terreat hoste,

    Martia cui somnos classica pulsa fugent:

me mea paupertas vita traducat inerti,

    dum meus adsiduo luceat igne focus.    (Tib. 1.1.1-6)

他の人は自分のために輝く黄金で富を積み上げ、

 手入れされた土地をたくさん持てばいい。

敵が近くにいることで絶え間ない苦労が彼を脅かし、

 戦のラッパの響きが彼の眠りを追い払うけれど。

僕の貧しさがのんびりした人生へ僕を導いてくれるように、

 僕の炉が絶え間ない火で輝くうちは。

 

プロペルティウスは社会の常識だけでなく、文学の世界の常識をも打ち壊そうとしました。

詩女神によってもたらされる戦争の物語を六脚律に乗せた叙事詩――これこそが詩の頂点に君臨するジャンルだと古代では考えられていました。

しかし、彼は恋人を女神の代わりに置き、彼女がもたらす恋愛という題材をエレゲイアに乗せることで、『イーリアス』にも並ぶ作品を作れると豪語しています。

プロペルティウスに関しては、恋愛の素晴らしさだけでなく、エレゲイアという韻律が持つ可能性をも示しているように思います。「エレゲイアでも叙事詩並みにすげぇ作品が書けるんだぜ!!」という。

 

non haec Calliope, non haec mihi cantat Apollo.

    ingenium nobis ipsa puella facit.    (Prop. 2.1.3-4)

カリオペやアポロが私にこれらを歌いかけるのではない。

 その乙女が私の詩才を作るのだ。

seu nuda erepto mecum luctatur amictu,

    tum vero longas condimus Iliadas:    (Prop. 2.1.13-14)

彼女が衣を脱いで裸で私と格闘すれば、

 その時きっと私は長いイーリアスを作る。

 

こんなふうに、ティブッルスやプロペルティウスの詩には当時のあらゆる常識に抗おうとする姿勢が見受けられます。はたして、オウィディウスは? そのお話は次回以降にとっておきます。

 

 

【前提知識③ カリマコス

初代ローマ皇帝アウグストゥスが帝位についていた時期を、文学界隈では「黄金期」と呼んでいます。その黄金期の詩人たちに多大な影響を与えたのがカリマコスという人物です。

この人は紀元前3世紀に活躍した詩人で、かのアレクサンドリア図書館に勤めていた学者さんでもあります。

彼の詩論はその断片から窺い知れます。曰く、「われは月並みの詩を嫌悪し、また、あまたの人々のここかしこと行き交う大道を喜ばず」。

どうもカリマコスが活躍していたころは、才能もないのにただホメロスの真似をしただけの陳腐な詩がごろごろと溢れていたようです。そんな現状に嫌気が差した彼が目指したのは、目新しいものを題材とし、短くて洗練された、技巧を凝らした詩でした。

技巧の一種として神話を例にするというものがあります。ローマ恋愛詩の特徴としても挙げましたが、特に説明なく神話をつっこんでくるんですよね。これは読み手側に神話の知識があるという前提のもとで行われています。そう考えるとカリマコス風の詩って初見殺し。

この詩作スタイルは同時代の詩人だけでなく、ローマ黄金期の詩人にも何かしらの影響を及ぼしています。特にプロペルティウスは「ローマのカリマコス」を自称するほど彼に心酔していました。

もちろん、オウィディウスも彼の影響を受けた一人です。どの作品にどのような影響が見られるか。これもまた次回以降、それぞれの作品について紐解きながらお話していきます。

 

*****

 

いや~~~ド初っ端でいきなり4000文字を超えてしまいました。愛が重すぎるのか単に文章をまとめる能力に乏しいのか……。

ここまで読んでくださっている方、特に古典学初心者の方はいらっしゃるのでしょうか。いきなり心を折っていないか心配です。

次回からはもうちょっと字数を減らすつもりなので、どうぞお付き合いくださいませ……!