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西洋古典学って、ご存知ですか?

ディズニー映画『ヘラクレス』コメンタリ ~Released Titans~

前回の記事はこちら

eureka-merl.hatenablog.com

今回扱うのは、なんやかんやでハデスがヘラクレスの力を奪ってしまい、これからタイタンたちと共に好き勝手しようとする場面です。

その試みがうまくいったかは……「ディズニー映画なので」とだけ言っておきます(笑)

 

あと、今回はいろんな局面でこの陶器画がヒントになっています。

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ポリュペモスの目をつぶすオデュッセウスと部下たち》、紀元前660年頃、エレウシス考古学博物館

 

 

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こちら地下に幽閉されたタイタンの皆さんです。映画の冒頭で言及されていましたが忘れられていそうなのでその時の記事を貼っておきます。

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以前も書いた通り、神話上でもティタノマキアの後にティタン神族をタルタロスへ幽閉したのはゼウスです。ただし、次なる戦争であるギガントマキアでは、ティタン神族が解放されて再びオリュンポス神族に戦いを挑んだわけではありません。

ギガントマキアは、原初の神々の一柱であるガイア(ゲー)が、ティタン神族が幽閉されたことに怒ってギガース(巨人)たちを生んだところから始まります。オリュンポス神族はこの巨人たちと戦うわけで、いわゆるタイタンたちは本来もう出てこないのです。

 

ここでいったん整理しておくと、ティタン神族とは「ウラノスとガイアの間に生まれた神々」を指します。ゼウスたちから見れば両親と伯父・伯母たちです。ゼウスのいとこたち(プロメテウスやアトラス)を含むこともあります。

対するオリュンポス神族は「オリュンポスの山頂に住まう神々」を指します。ゼウスたち兄弟と、ゼウスが女神と交わって生んだ子供たちのことです。なお、ハデスはゼウスの兄ですが、冥界に住んでいるので通常オリュンポス神族には数えられません。

 

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さて、この映画のティタン神族は、岩・炎・氷・嵐を擬人化(?)した姿になっています。そしてとても大きい。

実際、ギリシャの神々は人間より背が高いと言われます。英語でtitanicと言うと「巨大な」という意味もあるのはそういうわけです。ただ、陶器画などではここまで大きく書かれたりはしません(画角に収まらないから、という理由もあるかもしれませんが)。冒頭で引用したポリュペモスの絵でさえ、巨人の身長は人間の倍くらいです。

 

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さらにタイタンのひとりとして登場するのがこのキュクロプス。『ヘラクレス』ではひとりしか登場しませんが、ヘシオドスの『神統記』によれば三つ子です。

一つ目巨人キュクロプスたちはティタン神族と同様にウラノスとガイアの間に生まれましたが、容姿の醜さからタルタロスへ幽閉されてしまいます。しかし、ティタノマキアの時にゼウスによって解放され、お礼としてゼウス・ハデス・ポセイドンのそれぞれに武器を造ったのでした。

ヘラクレス』では残念ながらゼウスたちの敵です。まぁ、このキュクロプスは『神統記』ではなく『オデュッセイア』をもとにしているようですが。詳しくは後ほど。

 

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オリュンポスへ向かうタイタンたちにいち早く気付いたのが伝令神ヘルメス。彼の本来の役回りは見張りではなくメッセンジャーなのですが、さほど違和感はありませんね。

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注目したいのは杖のデザインです。ヘルメスが持つ杖はケーリュケイオンという名前で、伝令であることを表すとても重要なモチーフです。双翼と二匹の蛇が目印なのですが、蛇は一匹しか絡みついていません。作画の都合で二匹は書けなかったのでしょうか。もしくはいつもの混同か。

そう、このケーリュケイオンとよく混同されるのがアスクレピオスの杖。医療の象徴としてWHOなど様々な医療機関のシンボルマークになっていますが、こちらは翼をもたず、蛇一匹が絡みついたデザインです。

 

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ヘルメスの知らせを聞いて真っ先に動き出したのは戦争に関係する神々です。戦神アレス、弓矢の神アポロン、そして知恵と戦闘の女神アテーナー。しかし、三柱とも嵐のタイタンが生んだ竜巻に巻き込まれてしまいます。ここでこの三神が消えてしまうのはまさに絶望的。物語のアップダウンを作るにはうってつけの人選(神選?)と言えます。

そして、アレスの車を引いていたのは馬ではなく犬。これはアレスの聖獣が犬だからです。

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パオロ・ヴェロネーゼ《キューピッドおよび犬と共にいるマルスとヴィーナス》1580年頃、スコットランド国立美術館

ただ多くの神話画では、アレスはこのように武装した状態で描かれ、その武具がアレスの目印になっているので、犬を一緒に描く例は少ないように思います。私が見つけられていないだけかもしれないので、もし好例がありましたらご教示ください。

 

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一方、地上ではヘラクレスキュクロプスの一騎打ちが繰り広げられていました。

いつもの力を発揮できず、苦戦を強いられたヘラクレスでしたが、もはやこれまでかと思われたときにひらめきました。

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巨人の一つ目に燃える薪を投げ込んだのです。

このやり方は叙事詩オデュッセイア』第9歌で主人公オデュッセウスキュクロプスに仕掛けたのと同じ。冒頭の陶器画はまさにこの場面を描いたものです。知将オデュッセウスだからできたことだと思いますが、それをこの脳筋っぽいヘラクレスが成し遂げてしまうとは……!はぐれ古典学者としてはこの展開は興奮せざるをえない。

 

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とどめにヘラクレスキュクロプスの足をロープでぐるぐる巻きにします。そして巨人は谷底へ墜落して、南無。

巨人の足を縛るやり方は、1938年にディズニーが製作した短編映画『ミッキーの巨人退治(原題: Brave Little Tailor)』をオマージュしたものと思われます。こっちはDオタの血が沸いた。

ミッキー演じる仕立て屋が村を脅かす巨人を退治する、というのがこの短編映画のあらすじです。その方法は、慣れ親しんだ針で巨人をちくちく刺し、糸で巨人を縛り上げて身体の自由を奪う、というものでした。

短編映画だと殺しはしないんですよね。むしろ気絶した巨人の寝息を利用して遊園地を造るという楽しいエンディング。これもまたディズニーらしい。

 

 

(次回、コメンタリ企画最終回です!!)