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なんやかんやで今回が最終回です。あれこれコメント付けてたら急に終わって自分でもびっくりしました。
ところで、前回タイタンたちが起こしたごたごたはヘラクレスによって片付いたのですが、本家ギガントマキアもヘラクレスが解決しています。
というのも、「巨人は神には倒されないが、人間が味方になると倒される」という予言があり、ゼウスがヘラクレスを招いたのです。そしてヘラクレスの援助を得て、予言通りオリュンポスの神々が勝利しました。この映画もヘラクレスがいなければ神々は負けていたでしょう。絶妙なところで原作(???)準拠。
オリュンポスを去ったヘラクレスは、なんやかんやの目的で(ここは本編チェックしてください)ハデスが待つ冥府へ向かいます。
そう、ケルベロスに乗ってね!
これは12の難業の最後のひとつ、ケルベロスの生け捕りを踏まえた描写です。
せっかくなので12の難業がこの映画でいつどのように描かれていたかを確認しておきましょう。(順番はアポロドーロス準拠)
1. ネメアの化け獅子退治→zero to hero曲中
2. レルネのヒュドラ退治→テーバイ到着直後、3D使ってしっかり描いてる
3. ケリュネイアの鹿の生け捕り→描写なし
4. エリュマントスの猪の生け捕り→zero to hero曲中
5. アウゲイアスの家畜小屋掃除→ヘラクレス邸にて、フィルの台詞のみ
6. ステュンパリデスの鳥退治→zero to hero曲中
7. クレタの雄牛の生け捕り→描写なし
8. ディオメデスの人食い馬生け捕り→描写なし
9. ヒッポリュテーの腰帯奪取→ヘラクレス邸にて、フィルの台詞のみ
10. ゲーリュオンの牛奪取→描写なし
11. ヘスペリデスの黄金の林檎獲得→描写なし
12. ケルベロスの生け捕り→作品終盤(今回のこれ)
改めて並べてみると、5/12は描写なし! 絵面が地味(あるいは過激)なものがカットされて、逆にわかりやすく「怪物退治」と言えそうなものが残ったのでしょうか。そしてミノタウロスやメドゥーサ、キュクロプスなどの(本当は他の英雄が倒した)有名な怪物たちが連れてこられたと。
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こちら死者たちの住まうステュクスの沼(ウェルギリウス及びダンテの記述を参照)。せっかくなので以前引用した『神曲』の一節をもう一度見てみます。
灰いろの切り立った崖の下へ出ると、スティージェという名の沼になっている。そこで、わたしはじっと目をこらしてみると、その沼地のなかに泥まみれの魂たちが見えた、まっ裸で面に怒気をあらわしている人たちだ。
(地獄篇7.107-110、三浦逸雄訳)
ヘラクレスたちは崖の上にいますが、この画面の構成はダンテの描写にわりと近い気がします。
そしてハデスはこの沼を a small underworld と表現しています。明らかにディズニーランドのアトラクション「イッツ・ア・スモール・ワールド」を意識した言い回しです。
イッツ・ア・スモール・ワールドは1964年に開催されたニューヨーク世界博覧会のためにウォルト・ディズニーがユニセフから製作を依頼されたアトラクションです。人種・性別・国籍・言語の違いがあっても一緒に泣いたり笑ったりできる子どもたちの世界こそが平和の世界だ、というディズニーの考えをもとに作られ、現在も各ディズニーパークで親しまれています。
しかし、死の世界こそが真に平等で平和な世界なのかもしれません。ホラティウスの言葉を借りると、「蒼白い死神は、貧者の小屋も王の塔も、同じ足で叩く(pallida mors aequo pulsat pede pauperum tabernas regumque turris. Hor. Car. 1.4.13)」わけでして。そこまでハデスさんもとい製作陣が考えていたかは知りませんが。
ちなみに、東京のイッツ・ア・スモール・ワールドは35周年を機にリニューアルされ、ディズニーキャラクターがアトラクション内に登場するようになりました。ヘラクレス(とペガソス)もちゃんといます。
ディズニーキャラクターが登場するイッツ・ア・スモール・ワールドは香港とアナハイムにもあるそうですが、ヘラクレスがいるのはなんと東京だけとのこと!!!
ヘラクレスに会いたい方は東京ディズニーランドへ!!(?)
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メガラの魂を抱えて生還するヘラクレス。
神様は人間より背が高い、ということを前回書きましたが、この作品における(オリュンポスの)神々と人間の違いは発光しているか否かです。
ちなみに本家の神様たちもびっかびかに輝いているようで、基本的に人間の前に現れるときは動物や人間に変身しています。神様の光をじかに浴びてしまうと焼け死んでしまうので。
そして実際に浴びてしまった人間もいます。酒の神ディオニューソスの母親セメレです。ゼウスに愛されてしまったがゆえ、ヘラの策略にはまり、ゼウスの光で燃えてしまいました。詳しい描写はオウィディウスの『変身物語』第三巻にて。
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ほぼ余談ですが、ハデスさん曰く、死者の魂はスライムのような触り心地らしいです。ダンテがいう「泥まみれの魂」を反映したセリフなのかもしれません。
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第2回あたりで「これディオニューソスか?」と言っていた神様、エンディングでワインボトルを振っていたのでやはりディオニューソス様で間違いないようです。
ただし、古代にワインボトルはありません。古代で葡萄酒の貯蔵・運搬に用いられたのはアンフォラという陶器です。以下に引用した画像にあるとおり、ふたつの持ち手と上に伸びた首が特徴。
ところで、やっぱりディオニューソスのキャラデザが気になります。アンフォラの画像にはディオニューソス様の姿もありますが(二枚とも左側)、蔦の冠をかぶり豊かな髭をたくわえた壮年男性の姿をしています。
しかし、ディズニーのディオニューソスは小太りのおじさん。この描き方は1940年の長編映画『ファンタジア』から変わっていません。
『ファンタジア』の解説をしたときにも書きましたが、やはりディオニューソスの付き人シレノスの造形とまざっている(まぜている?)のでしょう。ただ、シレノスはおじいちゃんではあるけれど体形は作家によってまちまちなのでなんとも。個人的にはディズニー風ディオニューソスもかわいくて好き。
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フィルの星だ!
現在「ヘルクレス座」と言われている星座は、古代ではギリシャ語で「膝をつく者(Engonasin)」と呼ばれていました。ヘレニズム期の天文学者エラトステネスはこれをヘラクレス(へスぺリデスの園の番をする竜を倒そうと奮闘している姿)と解釈していたようです。しかし、トロイゼンで大岩を持ち上げようとしているテセウスだとか、女たちに殺されたオルフェウスだとか、四肢を縛られたプロメテウスとかイクシオンとか、いろいろな説が見られました。ちなみに私が読んだのはヒュギヌスの『アストロノミカ』です。
ともかく、直立した姿でないのは確かです。胴体部分が明るい星なのは現実のヘルクレス座と共通しているんですけどね。
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これで『ヘラクレス』コメンタリは終了です。いやはや、本当にここまで長い時間がかかりました(確実に私の怠慢のせい)。更新が滞ってもじっくり待ってくださった方々、本当にありがとうございました。
この連載企画を通じて、ディズニーマニアの方々が西洋古典学に、古典学界隈の方々がディズニーにより関心を持ってくださるようになればうれしいです。
『美女と野獣』や『アラジン』だけでなく『ヘラクレス』も実写化の動きがあるようですし、楽しみが尽きません。ユニベアのヘラクレスバージョンが出たり、東京でヘラクレスのグリーティングが再開したらうれしいなぁ~~~!!
改めて、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!
P L A U D I T E !(なんとなくローマ喜劇風にしめとく)
あたまからもう一度読みたい方はこちらからどうぞ!