連載「フーコと読む星座神話」、今月はかに座についてです。
あつ森で手に入る「かにざのかけら」は7月の誕生石ルビーを思わせる明るい赤色。これを使ってDIYできる家具は「キャンサーのテーブル」です。7月といえば七夕なので「おりひめのふく」を着ましたが、このアイテムが手に入るのは8月の牛郎織女の日という若干のトラップ。

キャンサーはかに座のラテン語名Cancerを英語読みしたもの。古典ラテン語の発音は「カンケル」です。ギリシャ語ではΚαρκίνος(Karkinos, カルキノス)といいます。
そういえば英語でcancerというと「癌」も表しますが、これはギリシャの医師たちが癌の形状を蟹に例えており、それをそのままラテン語訳した結果という説があります。ちなみに、英語だけでなくドイツ語でも「蟹座」と「癌」は同じKrebsという単語になるそうです。
それでは、そんなかに座をめぐる神話を、フーコちゃんはどのように語っているでしょうか。

まぁその蟹をけしかけたのはヘラ自身って話もありますけどね。
Ⅰ かに座の起源――「水生生物」の中のカニ
毎度おなじみムル・アピン粘土板のリストには「カニ」がいます。ただ、この「カニ」と訳されたシュメール語Kušuは「水の生物」全般を指す言葉のようで、「カメ」や「スッポン」とも訳せるそうです。実際、紀元前12世紀のエアンナ・シュム・イッディナのクドゥルにはカメが描かれています。
この図像は大英博物館のアーカイブで見ることができます。一番上の段に大きく描かれた三日月(?)の真下にカメがいます。
一方、紀元前2世紀(セレウコス朝シリアの時代)のウルクでカニと三日月を描いた印章が見つかったり、プトレマイオス朝のデンデラ・ハトホル神殿に(ナイル川上流ではほぼ見られなかったであろう)カニの図が描かれたりしています。なので、ギリシャ時代には「カニ」のイメージがしっかり定着していたようです。
ルーブル美術館のアーカイブだと、25枚目中7枚目にカニが写っています。言わなきゃわからないような見た目ですけど……。
Ⅱ かに座のモデル――ヘラクレスを襲った蟹
かに座のもとになっているのは、フーコちゃんが語るとおり、ヒュドラ退治に奮闘するヘラクレスを襲った蟹(の怪物)とされています。というかギリシャ神話に登場する「蟹」はこの子しかいません。ここからはこの怪物をカルキノスと呼びます。
ヒュドラ退治を含むヘラクレスの12の難業をまとめて書いている文献は実は希少です。物語自体の歴史は古く、紀元前700年代には図像が確認できています。文献上でのヒュドラに関する言及に絞ると、ヘシオドス『神統記』313-318が最も古いです。
τὸ τρίτον Ὕδρην αὖτις ἐγείνατο λυγρὰ ἰδυῖαν
Λερναίην, ἣν θρέψε θεὰ λευκώλενος Ἥρη
ἄπλητον κοτέουσα βίῃ Ἡρακληείῃ.
καὶ τὴν μὲν Διὸς υἱὸς ἐνήρατο νηλέι χαλκῷ
Ἀμφιτρυωνιάδης σὺν ἀρηιφίλῳ Ἰολάῳ
Ηρακλέης βουλῇσιν Ἀθηναίης ἀγελείης.
三番目にまた(エキドナは)破滅を企むレルネのヒュドラを産んだ。
怪力ヘラクレスをひどく恨む白い腕のヘレがこれを養った。
しかしそれを、ゼウスの胤でありアンピトリュオンの子であるヘラクレスが
好戦的なイオラオスと共に略奪者アテナイエの計らいにより、無情な刃で退治した。
ヘラがヘラクレスを恨んでいる設定はすでにできあがっているのと、後代と違ってヘラクレスがヒュドラを刃物で退治しているのがポイントですかね。
時代が下るにつれて徐々に我々の知る「ヒュドラ退治」の形になっていきます。
9つの頭を持っているとか(『神統記』古註曰くアルカイオス)
その血が有毒であるとか(ステシコロス断片)
その血を使ってヘラクレスが毒矢を作ったとか(ソポクレス『トラキニアイ』573-74)
ヘラクレスがヒュドラの首を「焼いた」とか(エウリピデス『狂えるヘラクレス』419-24&同『イオン』194-200)
まぁいろいろあるんですけどここまでの文献でカルキノスは一切登場しません。なんならヘラクレスの12の難業をまとめているアポロドロス『ビブリオテーケー』2.5.2にもヒュギヌス『神話集』30にもカルキノスは出てきません。
じゃあこの不憫な蟹はいつ登場したのかというと、紀元前5世紀末、ヘッラニコスおよびヘーロドーロスの断片(プラトン『パイドン』89Cの古註)です。
Ἡρόδωρος δὲ καὶ Ἑλλανικός φασιν ὡς ὅτε τὴν ὕδραν Ἡρακλῆς ἀνήιρει τὴν Ἥραν αυτῷ καρκίνον ἐφορμῆσαι, πρὸς δύο δὲ οὐ δυνάμενον μάχεσθαι σύμμαχον ἐπικαλέσασθαι τὸν Ἰόλαον·
ヘーロドーロスとヘッラニコス曰く、ヘラクレスがヒュドラを退治しようというとき、ヘラが彼に向けて蟹をけしかけた。二者を相手に戦えなかったヘラクレスは、共に戦うようイオラオスを呼びつけた。(FGrHist 4F103および31F23)
ここからさらに時間が空いて、エラトステネス『カタステリスモイ』の記述に行き着きます。
……蟹に関する記述はこれだけです。いちおう元になる伝承はあれど、基本的に星座絡みでしか出してもらえないかわいそうな怪物なんです。
Ⅲ プレセペ星団――ロバと飼い葉桶
実は、エラトステネスもヒュギヌスも、蟹座そのものよりその中にある「ロバの星」――現在のプレセペ星団――の記述に重点を置いています。やはり不憫属性のカルキノスくん。
プレセペというのはラテン語で「飼い葉桶、秣桶」を意味するpraesepeを近代風に読んだもの。そしてこの散開星団を囲むγ星とδ星にはそれぞれasellus borealis(北のロバ)とasellus australis(南のロバ)という固有名が付けられています。飼い葉桶から餌を食べる2頭のロバ、という絵になりますね。
では、このロバは何者か。ヒュギヌス『星辰譜』2.23では3つの説が紹介されています。
①リーベルを神殿に送り届けたロバ
ここでいうリーベルは酒と狂気の神ディオニュソスと同じ人物(神格)とみなしてください。
Liber enim, ab Iunone furore obiecto, dicitur mente captus fugisse per Thesprotiam, cogitans ad Iouis Dodonaei oraculum peruenire, unde peteret responsum, quo facilius ad pristinum statum mentis perueniret.
というのもリーベルは、ユーノーによって狂気を吹き込まれ、精神をとらわれテスプロティアから逃げたと言われる。ドドナのユピテルの神託のもとへ、どうすれば精神を元の状態に戻せるかの答えを求めた。
Sed cum uenisset ad quamdam paludem magnam, quam transire non posset, de quibusdam asellis duobus obuiis factis dicitur unum eorum deprehendisse et ita esse transuectus, ut omnino aquam non tetigerit.
しかし、彼は超えられないようなある大きな沼に辿り着いた。ある二頭のロバに出くわし、リーベルはそのうち一頭を捕まえ、水に触れないように渡ろうとした。
Itaque cum uenisset ad templum Iouis Dodonaei, statim dicitur furore liberatus asellis gratiam retulisse et inter astra conlocasse.
そうしてドドナのユピテルの神殿へ辿り着くと、すぐに狂気から解放され、ロバたちに感謝して星々の間に置いた。
この説はアレクサンドリアの悲劇詩人ピリスコスが描いた(おそらく)サテュロス劇がもとになっていると考えられています。
②プリアポスに負けたロバ
この話は①の続きでもあります。
Nonnulli etiam dixerunt asino illi, quo fuerit uectus, uocem humanam dedisse.
さらに多くの人々が、彼が乗った馬たちに人語を与えたと言った。
Itaque eum postea cum Priapo contendisse de natura et uictum ab eo interfectum.
そうして彼は後にプリアポスと体格で競い、彼に負けて殺された。
Pro quo Liberum eius misertum in sideribus adnumerasse;
そのことでリーベルは彼を憐れみ、星々の中で名前をつけた。
et ut sciretur id pro deo, non homine timido, quia Iunonem fugerit, fecisse, supra Cancrum constituit, qui deae beneficio fuerat ad fixus astris.
そしてユノから逃げた臆病な人間としてではなく神としてリーベル自身が知られるように、女神の好意を受けて星に固定された蟹の上に配置した。
①と②に共通して言えるのが、星の数は2つなのに話中で活躍するロバは一頭だけという点です。この矛盾を解消できる説があるとすれば、ドドナ神殿へ行くときにリーベルには連れがいて、もう一頭のロバがその連れを乗せていた……とか。
③巨人を退散させたロバの声
quo tempore Iuppiter, bello Gigantibus indicto, ad eos obpugnandos omnes deos conuocauit, uenisse Liberum patrem, Vulcanum, Satyros, Silenos asellis uectos.
ユピテルがギガンテスと戦争したとき、彼らに攻撃するために全ての神々を呼んで、父なるリーベル、ウルカヌス、サテュロスたち、シレノスたちがロバに乗って来たという。
Qui cum non longe ab hostibus abessent, dicuntur aselli pertimuisse, et ita pro se quisque magnum clamorem et inauditum Gigantibus fecisse, ut omnes hostes eorum clamore in fugam se coniecerint et ita sint superati.
彼らは敵からさほど離れておらず、ロバたちは怖がっていたという。そしてロバたちは、ギガンテスが聞いたことのない大きな叫び声をあげた。敵はみなロバたちの叫び声によって逃亡し、征圧された。
この話はエラトステネス『カタステリスモイ』からの引用です。ただ、ギガントマキアでロバが活躍したという話はアポロドロス等に書かれていません。こういう内容はサテュロス劇の題材にはもってこいですが。
そのため、ロバと星をどうしても結び付けたかったエラトステネスの創作である可能性が高いと言えます。
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で、結局私もカニよりロバメインになるんですよ。これはもう古代の作家たちも悪気があったわけじゃないんだと実感しましたね。でもごめんねカルキノス。