連載「フーコと読む星座神話」、今月はみずがめ座についてです。
「みずがめざのかけら」は2月の誕生石アメジストを思わせる鮮やかな紫色。これを使ってDIYできる家具は「アクエリアスのみずがめ」です。

アクエリアスはみずがめ座のラテン語名Aquariusを英語読みしたもの。古典ラテン語の発音だと「アクアリウス」です。「水」を意味するaquaに接尾辞がついた格好ですね。辞書では「水汲み奴隷」や「給水監査官」といった語義も載っています。
ギリシャ語ではこの星座は Ὑδροχόος (Hydrochoos/ヒュドロコオス) といいます。「水」を意味するὕδωρ と「注ぐ」を意味するχόωの合成語で、直訳すると「水を注ぐ者」です。
それでは、そんなみずがめ座をめぐる神話を、フーコちゃんはどのように語っているでしょうか。

フーコちゃんがガニメデと呼んでいるイケメンは、ギリシャ語およびラテン語だとガニュメデスと言います。ガニメデは現代語の読み方ですね。
ゼウスの愛人の一人であり、木星(Jupiterはゼウスのラテン名)の衛星のひとつに彼の名前が与えられています。
Ⅰ 水瓶座の原型――「偉大なるもの」
毎度おなじみムル・アピン粘土板資料には「偉大なるもの」と名づけられた星座が載っていますが、これが現在のみずがめ座に相当すると考えられています。
古くは裸の英雄の姿をしていたようですが、次第に水の神エンキと結び付けられ、古バビロニア時代(紀元前1900年頃)には水が流れ出る壺を手にした姿で描かれるようになったそうです。以降、水が流れ出る壺を手に一つ以上持った姿で表現されるようになりました。この流れ出る水は、冬から初春にかけての降雨の増大および河川の氾濫を象徴していると考えられているようです。
また、「偉大なるもの」の足下に魚が描かれていることもあるようですが、これは現在の みなみのうお座 に相当します。うお座ではありません。
Ⅱ ガニュメデスの伝承
メソポタミアでは水の神とも結びつけられた英雄像は、古代ギリシャではガニュメデスだと考えられました。フーコちゃんの話にもあるとおり、あまりの美貌ゆえに誘拐されて神様たちのお酌係になった青年です。
ガニュメデスに関する伝承の歴史は古く、『イリアス』にてすでにその名が登場します。というのも、トロイア人の系図を辿っていくとガニュメデスの父トロスに行き着くのです。このトロスがトロイアという地名の名祖になっています。
ゼウスの計らいでガニュメデスが天に連れ去られお酌係になった、という筋書きは古代からほぼ変わらず現代まで受け継がれていますが、細部は作家ごとに少しずつ違います。
まず、父親について。『イリアス』5.265f.および220.231f.では先述のとおりトロスの息子とされています。ホメロス風讃歌の「アプロディーテ讃歌」202f.や、アポロドロス『ビブリオテーケー』3.12.2も同様です。
しかし、ヒュギヌス『神話集』だと、224話ではアッサラコスの、271話ではエリクトニオスの息子ということになっています。今挙げた作品の中だと『神話集』だけかなり後の時代の著作なので、時代が下るにつれて伝承の混同があったとも考えられますが、同じ著作内で話が食い違っているのは勘弁してほしいですね。
ちなみに、『イリアス』等に見られる系図によると、アッサラコスはガニュメデスの兄弟、エリクトニオスはトロスの父すなわちガニュメデスの祖父です。
そして、誘拐の実行者について。いや、まぁゼウスが関係しているのは確かです。
ὃς δὴ κάλλιστος γένετο θνητῶν ἀνθρώπων:
τὸν καὶ ἀνηρείψαντο θεοὶ Διὶ οἰνοχοεύειν
κάλλεος εἵνεκα οἷο ἵν᾽ ἀθανάτοισι μετείη. (Il. 20.233-35)
彼は死すべき人間の中で第一の美男子になった。
そして神々はゼウスの酌人にするため彼をさらった、
彼の美貌ゆえ、不死なる神々と共にいるように。
現代に伝わっている(というかフーコちゃんのお話に最も近い)のはヒュギヌスのこの記述でしょうか。
Hunc complures Ganymedem esse dixerunt, quem Iuppiter propter pulchritudinem corporis ereptum parentibus, deorum ministrum fecisse existimatur. (Hyg. Astr. 2.29)
この星座を多くの人々はガニュメデスだと言った、ユピテルは彼を見た目の美しさゆえに両親のもとから連れ去り、神々の召使にしたと考えられている。
面白いのはここからで、この筋書きに鷲が絡むバージョンもたびたび見られます。例えばアポロドロスのここ。
τοῦτον μὲν οὖν διὰ κάλλος ἀναρπάσας Ζεὺς δι᾽ ἀετοῦ θεῶν οἰνοχόον ἐν οὐρανῷ κατέστησεν: (Apollod. 3.12.2)
その彼(ガニュメデス)を美しさゆえに鷲を使ってさらったゼウスは、天上で神々の酌人とした。
アポロドロスはこのように「ゼウスが鷲を遣わした」としていますが、オウィディウスの『変身物語』ではゼウス自身が鷲になっています。これは作品の主題に合わせるための改変とも取れますが。
Nec mora, percusso mendacibus aere pennis / abripit Iliaden; (Ov. Met. 10.159-60)
まもなく、(ユピテルは)偽りの翼で空を打って、イリオンの少年をさらった。
そして、エラトステネス『カタステリスモイ』30によると、この鷲がわし座になっています。
Οὗτός ἐστιν ὁ Γανυμήδην ἀνακομίσας εἰς οὐρανὸν τῷ Διί, (Erat. Katast. 30)
これはガニュメデスを天を通ってゼウスのもとへ連れてきた(鷲)である。
Ⅲ 水瓶座神話のバリエーション
さて、現代で水瓶座の話をするときにガニュメデス以外の異説が語られることはほぼありませんが、ヒュギヌスは『星辰譜』2.29で他に二人の名前を挙げています。
Hegesianax autem Deucalion<a> dicit esse, quod eo regnante tanta uis aquae se de caelo profuderit, ut cataclysmus factus esse diceretur.
一方、ヘゲシアナクスはデウカリオンだと言っている、彼が統治しているときに天から大量の水が降ってきて、洪水が起きたと言われているからだ。
デウカリオンが登場する洪水神話についてはアポロドロス『ビブリオテーケー』1.7.2やオウィディウス『変身物語』1.253-415にまとまっていますが、ヘシオドスの断片でも確認でき、それなりに古い伝承です。
内容を簡単にまとめると、堕落しきった人間たちに嫌気が差した神々が洪水で人類を一掃し、敬虔な一組の男女のみが生き残って新たな人類の先祖となる、というお話です。ほぼノアの方舟物語です。というか洪水神話に限らずギリシャ・ローマの創世神話は旧約聖書『創世記』と重なる部分が多く、同じメソポタミアの民話に端を発することが窺えます。
デウカリオンはこの生き残りの夫で、人類に火をもたらした神プロメテウスの息子として伝わっています。
水瓶座の周りには水に関連した星座が多数存在します(やぎ座、うお座、くじら座、いるか座……)。その範囲の広さから壺から溢れた水による洪水を想起させるのはとても興味深く感じました。
Eubulus autem Cecropem demonstrat esse, antiquitatem generis commemorans et ostendens, antequam uinum traditum sit hominibus, aqua in sacrificiis deorum usos esse, et ante Cecropem regnasse quam uinum sit inuentum.
また、エウブルスはケクロプスだと指摘している。彼の種族の古さに言及し、ワインが伝えられるより前に人々は神々への祭儀で水を使っていたこと、ケクロプスはワインが発見されるより前に王であったことを示した。
もう一人の候補ケクロプスはアッティカの最初の王であり、文字の制定や一夫一婦制、宗教儀式など、文化的・社会的制度を整えた人物と伝わっています。
アッティカの一都市をめぐってポセイドンとアテナが争ったときに、アテナ側がちょっと有利になる発言をケクロプスがした結果、その都市がアテナイになったという逸話がアポロドロス3.14.1に記されています。祭儀に関するものだと、犠牲獣の代わりに祭壇で菓子を焼いたという記録がパウサニアスの『ギリシャ案内記』8.2.3にあります。
水云々の話はヒュギヌス以外にありませんが、あくまで神話の中だと人類が初めて葡萄酒を知ったのはディオニューソスがイカリオスに伝授した時とされています(おとめ座の記事参照)。そのイカリオスは、アポロドロス3.14.7によると、パンディオンの時代の人とされます。記事番号からお察しいただけるかもしれませんが、パンディオンはケクロプスより数代後の王様なので、ケクロプスの時代に葡萄酒がなかった(ゆえに祭儀で水を使っていた)という話はいちおう辻褄が合っています。
ただ、これらの説明を踏まえてもガニュメデス説ほどの説得力はないなぁと思ってしまうのは、幼少期からの擦り込みゆえでしょうか(笑)