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西洋古典学って、ご存知ですか?

【前編】ギュスターヴ・モロー展@あべのハルカス美術館

大阪は阿倍野の地にそびえるあべのハルカスの16階、あべのハルカス美術館にて開催されている「ギュスターヴ・モローサロメと宿命の女たち」に行ってきました~!

 宿命の女、すなわちfemme fataleというテーマはいつだかのミュシャ展でも用いられていましたが、それはおいといて…

 

この展覧会は四章構成になっており、各章は以下のように銘打たれています。

Ⅰ モローが愛した女たち

Ⅱ 《出現》とサロメ

Ⅲ 宿命の女たち

Ⅳ 《一角獣》と純潔の乙女

二章は今回のメインの題材であるサロメだけで構成されており、三章で古代の神話・歴史上の女性たちと旧約・新約聖書に出てくる女性たちの絵が並んでいます。

 

今回の展覧会レポは三章に出てくる女性たちについての出典の紹介です。鑑賞前の予習、鑑賞後の復習、どちらにも使えるように書いていこうと思います。

が、いかんせん数が多いので(16人…!)前後編に分けます。

前編はギリシャローマ神話に登場する女性たちです。

 

 

ヘレネ

10年に渡るトロイア戦争の元凶である「傾国の美女」ヘレネについては、やはり『イリアス』を読むべしと言うべきでしょうか。第三歌終盤に出てきてパリスを叱咤するヘレネは、モローのfemme fataleのイメージに近い気もします。

同じ(?)ホメロスの『オデュッセイア』第四歌に出てくるヘレネは、『イリアス』とは違う不思議な魅力を持っています。どことなくとらえどころのない女性です。

ヘレネは女神アプロディーテーがパリスへ送った美女である、というのがいわゆる「パリスの審判」の神話に基づく説ですが、エウリピデスの悲劇『トロイアの女たち』では、ヘレネは自分からパリスのところに行った不埒な女だ!という論が展開されます。また、同じ詩人の『ヘレネ』では、そもそもヘレネはエジプトにずっといて、トロイアに行ったのは雲で出来た似姿である、という話が出てきたりします。このあたりのヘレネ像をホメロスのものと比較するのもまた一興。

 

オンファレー

豪傑ヘラクレスを手懐けたリュディアの女王。彼女についてはアポロドーロスの『ギリシア神話(原題はビブリオテーケー)』2巻6章3節を読むのが手っ取り早いでしょう。

後でまた紹介するソポクレスの悲劇『トラキスの女たち』248行以降でもちょろっと言及されています。

また、ローマの詩人オウィディウスが『名婦の書簡』という作品の中で、オンファレーからヘラクレスに宛てた手紙という設定の詩を書いています。

 

メデイア

異国の王子イアソンに恋し、彼のために家族を殺し、彼の裏切りに牙を剥いたコルキスの魔女。彼女はモローだけでなく古代の詩人たちにとってもfemme fataleであったかもしれません。

メデイアについて語るなら、やはりエウリピデスの悲劇『メデイア』は外せません。当時の女性ならではの苦悩に追い詰められる彼女の姿は、文字だけでも鬼気迫るものがあります。そしてイアソンはクズです。

翻案であるセネカの『メデア』では魔女らしさが強調されています。

そしてオウィディウスは彼女にずいぶんご執心だったようで、『ヘロイデス』や『変身物語』7巻に登場させ、また現存していませんが『メデア』という悲劇も書いたようです。

でもモローが描いたメデイアちゃんは、やはりイアソンと出会ったばかりの、それこそアポロニオス・ロディオスの『アルゴナウティカ』に書かれたような乙女メデイアに近いかもしれません。

 

 

エウロペ

神々の王ゼウスに見初められ、雄牛に身を転じた神に拐われた乙女。《エウロペの誘拐》は今回《出現》と同じくらい目立つように展示されていました。

モローをはじめとした画家たちに大きく影響を与えたのは、やはりオウィディウスの『変身物語』2巻終盤に載っている話でしょうか。

要素だけ簡単に知りたいならアポロドーロスの3巻1章1節参照。

 

レダ

白鳥に身を転じたゼウスと交わり、二人の息子と二人の娘を産んだ人物。息子は双子神ディオスクーロイ(カストルとポリュデウケス)であり、娘は先述したヘレネと、ミュケナイ王家に嫁いだクリュタイメストラ。4人とも神話上の重要人物であるにも関わらず、その母レダの存在は文学上ではあまり触れられません。

いま述べた逸話はアポロドーロス3巻10章7節に書かれています。

ちなみに4人の子どもたちは卵から孵ったとアポロドロスにもありますが、絵画では紀元前450年頃の赤絵式土器が初出らしいです。

 

セメレ

ヘラの策略でゼウスの本来の姿(神としての姿)を目にしてしまい、燃え尽きた彼女の体からディオニュソスが拾われたという話。まだ未熟だった酩酊の神はゼウスの太ももに縫い込まれ(!?)二度目の誕生を果たしたがゆえ、「二度生まれた者」という二つ名が付いています。

以上の逸話はアポロドーロス3巻4章3節、またオウィディウス『変身物語』の3巻に書かれています。

ちなみにセメレの父はカドモスといい、テーバイの創建者であり、先程紹介したエウロペの兄でもあります。『変身物語』の3巻はこのテーバイでの話が詰め込まれているわけですが…セメレの話含めかわいそうな話ばっかり…。

 

デイアネイラ

ヘラクレスの妻ですが、誤って夫を毒殺(という言い方はやや違うかもしれない)してしまった女性です。

デイアネイラは以前ネッソスという名のケンタウロスに襲われたことがあり、その際ヘラクレスに救われたのでした。が、ネッソスは死に際に自分の血に塗れた服をデイアネイラに渡しました。ヒュドラの毒がまじったその血を、媚薬になると偽って。

のちにヘラクレスの気持ちが別の女に移りつつあると感じたデイアネイラは、その服をヘラクレスに送りました。そしてヘラクレスは毒にやられて重態に陥りました。

先ほどオンファレーの項で紹介した『トラキスの女たち』は、この夫殺害をもとにした悲劇です。また、オウィディウスは『変身物語』9巻でネッソス討伐からヘラクレスの神格化まで詳しく書いているほか、『名婦の書簡』でもデイアネイラからヘラクレスへ宛てた手紙、という設定の詩を書いています。

 

ガラテイア

海のニンフであるガラテイアは、川のニンフの息子であるアキスと恋仲でした。が、ガラテイアに恋していた一つ目巨人のポリュペモスがこれに嫉妬し、アキスを殺してしまうという話です。

この話はオウィディウス『変身物語』13巻に収録されており、オペラなど多くの音楽作品の題材にもなっています。絵画で有名なのはルドンの《キュクロプス》ですね。

ちなみに、ポリュペモスについては『オデュッセイア』第9歌参照。可愛さのかけらもない野蛮な生物がそこにいます…。

 

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後編では残りの8人、女怪・聖書の登場人物・歴史上の女性たち、を扱います。