これまでギリシャ・ローマ神話を題材とした現代の創作物として、ディズニー映画「ヘラクレス」だったり、Sound Horizonの音楽作品「Moira」についてこのブログでたびたび紹介&解説(という名目の茶々入れ)をしてきました。
ヘラクレスについては記事カテゴリから、サンホラはこちらの記事をご覧ください。
しかし、神話を使った創作というのは古今東西にいくつも存在します。それこそ我らがオウィディウスの『名高い女たちの手紙(Heroides)』だって、神話の大筋を逸れたところにあるifストーリーです。
いちおうHeroidesの解説記事も貼っておきます。
今回ご紹介するのは、日本のサブカルチャーの代表的コンテンツでもあるVOCALOIDを使った楽曲――暗黒童話Pことじょるじん氏による「ゲララ ~奴隷の子とメデューサの娘~」。
タイトルにもあるとおり、ゴルゴーン三姉妹の末娘メドゥーサに関連する曲です。
サムネでびっくりしちゃった方はごめんなさい。今回のおしながきはこちら。
Ⅰ.作者じょるじん氏について
Ⅱ.この曲のストーリー
Ⅲ.古代におけるメドゥーサ神話の歴史
Ⅳ.「首を切り離しても死なないメデューサ一族」
Ⅴ.その他考えたこと
ネタバレを多分に含むので、必ず聴いてから読んでくださいね!
ボカロ音声が苦手な方は歌詞をどこかで読むのも可。
Ⅰ.作者じょるじん氏について
VOCALOID版Wikipediaである初音ミクWikiでは「誰もが聞いたことのある童話や小説、更には聖書を題材とし、ダークさを織り交ぜた狂気的な世界観が特徴」と紹介されています。
また、ご自身のYouTubeの概要ページでは「童話や神話、逸話などを黒く染めて曲にします」と述べており、Twitterのプロフィール欄にも「不穏な物語・曲」と記載なさっています。
はっきり言っちゃうとすごく好き嫌いの分かれる作風です。ボカロの調教の仕方も独特。私はここで紹介しているくらいなので大好きです。
Ⅱ.この曲のストーリー
まず作者による概要欄での説明は
舞台は古代ギリシア
奴隷の少年とメデューサの娘の恋の物語
互いを強く信じ合う二人は未来を切り開き、共に自由な世界へ歩み出す
そんな希望と愛に満ち溢れた曲ができました
とのことです。とりあえず(じょるじんファンには周知の事実ですが)希望なんてあるわけがないことを前置きしておきます。
主人公である奴隷身分の少年ソロンの視点で物語は進みます。箇条書きにすると以下のとおり。
①彫刻家の弟子となる
②師匠の制作現場を覗いたことでアトリエに幽閉される
③同じくアトリエに監禁されていたメドゥーサの娘パルに出会う
④師匠の隙をつき、パルと共にアトリエを脱出する
⑤パルの首を剣で落とし、首に宿る妖力を利用して王宮暮らしの夢を叶える
少女パルも母同様、見たものを石化させられる能力を持っており、師匠はこれを利用して彫刻――もとい石化させた人間や動物――を制作していたということです。
ちなみにMVのイラスト等を担当された天丸氏のXにキャラの立ち絵があったのと、じょるじん氏本人による裏設定がこれまたXで公開されていました。
— 天丸(雑多) (@tennomaru0128) 2022年1月28日
【ゲララ設定】
— じょるじん【ニコ超会議2023出る帝国】 (@joruzinhina) 2021年10月14日
首を切り離しても死なないメデューサ一族の殺し方は「心臓を抉り出す」こと。母の首が討ち取った者に利用され続けることに耐えられなかったパルは自ら母の心臓を抉り出し母メデューサを解放した。滝のように落涙しながら
「これで楽になったね」
Ⅲ.古代におけるメドゥーサ神話の歴史
言うまでもなく、この曲の元ネタはペルセウスのゴルゴーン退治です。
この伝説は意外と古く、少なくともメドゥーサ(というかゴルゴーン)の存在は最初期の叙事詩ですでに確認できます。といっても、『イーリアス』では盾の装飾として、『オデュッセイア』では冥界にすまう怪物として書かれるだけです。
原文あるいは訳文をご覧になりたい方は Il, 5.738-42、Il, 11.36-37、Od. 11.632-35 をどうぞ。ちなみにここでのゴルゴーンは単数です。
一方ヘシオドスの『神統記』では、ゴルゴーン三姉妹(ステンノー、エウリュアレー、メドゥーサという名前はここが初出)の出自とメドゥーサの最期が語られます。三姉妹のうちメドゥーサだけが死すべき身であること、ポセイドンが彼女と共寝したこと、ペルセウスが首を「切り離した(ἀπεδειροτόμησεν, Hes.Th.280)」こと、そしてクリュサオルとペガソスが生まれたことが書かれています。
同じくヘシオドスの『ヘラクレスの盾』では、メドゥーサ討伐後のペルセウスがメドゥーサの姉たちに追われているさまが描かれています。このときペルセウスは「翼あるサンダル(πτερόεντα πέδιλα, Hes.Sc.220)」と「ハデスの兜(Ἄιδος κυνέη, 227)」を身につけて「飛翔して(ἐποτᾶτο, 222)」いるとのこと。
古典期に入るとさらに多くの要素が明らかになります。
ピンダロスの『ピュティア祝勝歌』(esp. 10.46-48, 12.9-12)ではメドゥーサの髪が蛇であることとその首に石化の力が宿っていることが歌われています。アイスキュロスの『縛られたプロメテウス』(798-800)も同様です。
一方、エウリピデスの『イオン』(989-96)には後代で語られない話が載っています。ゴルゴーンは大地の女神ゲーが産んだのであり、プレグラでのギガントマキアでアテナ女神がこれを「殺した(ἔκτειν', Eur.Ion.991)」というもの。アテナの盾にゴルゴーンの首がはまっていることの説明として有効ですが、注意すべきはこのゴルゴーンが単数だということ。ヘシオドスとは別ルートでホメロス時代から伝わった何かがあるのかもしれません。
さらに後の時代、神話に関する文献史料として重宝されるアポロドロスでは、ヘシオドスやピンダロスで見られた要素が体系化されました。ペルセウスがメドゥーサの首を「切った(ἐκαρατόμησεν, Apollod.2.4.2)」ところまではいいとして、メドゥーサがクリュサオルとペガソスを「ポセイドンから産んだ(τούτους δὲ ἐγέννησεν ἐκ Ποσειδῶνος., Apollod.2.4.3)」という見解を示しているのは興味深いところ。
同じく神話の典拠として名高いオウィディウスの『変身物語』も、ペルセウスが「頭を首から切り離した(eripuisse caput collo, Ov.Met.4.786)」あと、クリュサオルとペガソスが「母の血から生まれた(matris de sanguine natos, 4.787)」と述べています。
Ⅳ.「首を切り離しても死なないメデューサ一族」
以上を踏まえてじょるじん氏がXに載せたゲララ設定を見たとき、「首を切り離しても死なないメデューサ一族」というのは古代の記述の網目を潜り抜けたようで面白いなぁと感じたのです。
この神話の最大の典拠となっているヘシオドス、アポロドロス、オウィディウスは「首を切り離した」とは言っても「死んだ」とは言っていない。もちろんメドゥーサが不死身でないという情報も添えられているし、首を落とせば普通の生物は死ぬけど、ホメロスやエウリピデスに出てくる「単数のゴルゴーン」は?それが実は「死なないメドゥーサ」だったりして?
あとポセイドンに襲われたときに子どもを身ごもっていたかもしれないと考える余地もある。クリュサオルとペガソスは首の断面から出てきたのであって、メドゥーサのお腹から産まれた子どももいておかしくない。それがこの曲に出てくるパルだったりして。
いやぁ考えれば考えるほど面白い。これだからじょるじん沼は抜け出せない。
Ⅴ.その他考えたこと
① ゲララってタイトルは最後に笑い声として回収されるけど、実際ギリシャ語でも「笑う」は「γελάω」なんよなぁ。それを知っていたのか偶然か。
② ソロンといえば前6世紀にアテナイで改革を行ったあのひとやけど、プルタルコスのソロン伝いわく彼は良いとこの生まれらしいし、古代ギリシャ人の名前なんてバリエーション少ないからね。まぁどこから名前を拾ってきたかは気になる。
③ まるで生きているような彫刻を造るって『変身物語』10巻に出てくるピュグマリオンみたい。でもピュグマリオンは敬虔な人物やから別人やんな……?いや異説では性欲に負けた王様みたいな書かれ方らしいし……いやいやそれはキリスト教から見た偶像崇拝を描いてるだけやから……(ぶるぶる)
④ 天丸さんの初期絵やとメドゥーサの下半身まで蛇になるときがあるらしいけど、実際Medusaで画像検索したら下半身蛇のフィギュアがちらほら出てくるんよなぁ。どこでそうなったんやろね。
~いいかげん長いのでおわり~