ギリシア文学でホメロスと並んで学者たちをざわざわさせているものといえば、ギリシア悲劇でしょう。
1つの悲劇につき約1500行から2000行。作品の長さは叙事詩に比べれば圧倒的に短いものですが、質は負けず劣らず!
いわゆるギリシア古典時代(紀元前5世紀頃)には、ディオニュシア祭というアテナイの大きなお祭りで悲劇が上演されていました。「演劇コンテスト」と言っていいでしょう。
この演劇コンテストにも出場し、今なお悲劇詩人の代表として名を残している人物は3人――アイスキュロス(Αἰσχύλος)、ソポクレス(Σοφοκλῆς)、エウリピデス(Εὐριπίδης)――です。
今回はこの3人のうちエウリピデスについてお話していきます。
いつもよりは真面目です。たぶん。
紀元前480年頃に生まれたエウリピデス。ペルシア戦争の時ですね。
お父さんは格闘技選手(!)になってほしかったそうなんですけど、「わしそんなんいやや」と言っていたかどうかは知りませんが、哲学者のプロタゴラスやアナクサゴラスに師事しました。
しかし悲劇詩人になったのは、師匠が迫害に遭っているのを見て「わしあんなんいやや」となったからです。本当にそう言ったかどうかは知りま以下略。
そんなこんなで詩人デビューは紀元前455年。20代後半ってとこですかね。初めての作品は『ペリアスの娘たち』を含む4部作だったそうです。そして一番のライバルはソポクレスだったとか…。
残っている作品はあとの2人の倍以上!以下悲劇作品一覧…
「アルケスティス」Ἄλκηστις
「メーデイア」Μήδεια
「ヘラクレスの子どもたち」Ἡρακλείδαι
「ヒッポリュトス」Ἱππόλυτος
「アンドロマケー」Ἀνδρομάχη
「ヘカベー」Ἑκάβη
「救いを求める女たち」Ἱκέτιδες
「ヘラクレス」Ἡρακλῆς
「イオン」Ἴων
「トロイアの女たち」Τρῳάδες
「エレクトラ」Ἠλέκτρα
「タウリケのイピゲネイア」Ἰφιγένεια ἐν Ταύροις
「ヘレネ」Ἑλένη
「フェニキアの女たち」Φοίνισσαι
「オレステス」Ὀρέστης
「バッコスの信女たち」Βάκχαι
「アウリスのイピゲネイア」Ἰφιγένεια ἐν Αὐλίδι
あとサテュロス劇として「キュクロプス(Κύκλωψ)」が、本当にエウリピデスが書いたかわからないものとして「レーソス(Ῥῆσος)」が残っています。
エウリピデスの作品は他の詩人たちに比べやや特徴的です。
まず、上のタイトル一覧を見てお察しの方もいるかもしれませんが、ふつうの人間や女性が主人公となっているものが多い。
他の詩人たちは英雄を主人公にすることが多かったんです。こうやって<崇高な悲劇の世界>に<普通・日常>を持ち込んだことが悲劇の衰退につながったと非難されもします。
そして作品の中身に関しては、コロスの重要度が低い。
例えばアイスキュロスの『エウメニデス』。この作品のコロスはほぼ主役であるエウメニデス。つまり、古い悲劇におけるコロスはけっこう重要なんです。なのにエウリピデスの作品ではただの場面転換の歌…( ̄▽ ̄)
さらに、Deus ex machinaを多用したのも特徴のひとつです。
デウス・エクス・マキナ――日本語では「機械仕掛けの神」――とは、劇の展開が行き詰った時に \ずばーん/ と登場して \ずばずばーん/ と状況を打開・解決してくれる神様のことです。「助けてドラ○も~ん!!」って言ったら出て来てくれるドラえ○んと一緒です(?) なぜ多用したかはいろんな説があるようです。
そんなエウリピデスさんに貼られたレッテルは「女嫌い」「合理主義者」「無神論者」
これらが正しいかどうかは、ぜひ作品を実際に読んでみて、ご自分で考えてみていただきたいなぁと思います。特に、嫌われているらしい女性の方々に…笑
さて、エウリピデスが作家として活動していたのはペロポネソス戦争の時期。アテナイはさまざまな価値観が入り乱れ、かつての栄華は散っていきました。衰退・荒廃へと向かっていくアテナイを、この詩人はどう見ていたのでしょうか。
晩年が近づき、エウリピデスはアテナイを去ります。あれほど愛したこの都市を最後に去ったのは、どういう心境の変化でしょうか。
そんなことも考えながら読むと、どんどん作品を深く読み込んでいけると思います。
エウリピデスの作品は、セネカやオウィディウスといった古典の作家たちだけでなく、近現代の作家たちにも影響を与えました。それだけ人気があるということですね。
ぜひご一読を!ちなみに私のおすすめは「メーデイア」「ヒッポリュトス」「トロイアの女たち」です。
そこ!「あ…(察し)」みたいな顔しない!