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西洋古典学って、ご存知ですか?

【Metamorphoses】推しを語る #6

前回の記事はこちら 

eureka-merl.hatenablog.com

 

「推しを語る」シリーズも折り返し後半戦になりました。

今回は彼の代表作であり、私の研究対象である『変身物語(Metamorphoses)』についてです。

オウィディウス研究といえば『変身物語』研究!みたいなところは相変わらずありますよね。

日本語での全訳もこれまでに三回出版されています。

① 田中秀央・前田敬作訳、『転身物語』、人文書院、1966。

② 中村善也訳、『変身物語』(上・下)、岩波文庫、1981/84。 

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

 

③ 高橋宏幸訳、『変身物語』(1・2)、京都大学学術出版会、2019/20。 

変身物語 (1) (西洋古典叢書)

変身物語 (1) (西洋古典叢書)

  • 発売日: 2019/05/31
  • メディア: 単行本
 

 

オウィディウスの全作品、いやラテン文学の中でも研究が最も盛んな作品のひとつなので言うべきことはいろいろありますが、今回は二点に絞ります。

前半でお話するのはこの作品がいかに叙事詩らしくないかということ。

この作品は『イリアス』や『アエネーイス』と同じ「叙事詩」に分類されます。たしかに形式は叙事詩のそれですし、内容や表現技法も叙事詩の伝統に基づくものがちょいちょい出てくるのですが、それらを以てしてもやっぱり叙事詩らしくない作品です。今回は「らしくない」ところを三点挙げます。

後半はこの作品が「ギリシャ神話」を形成する上で与えた影響がどれだけ大きかったか。

オウィディウスは基本的に何かを参考にして各神話を語っていますが、ものによっては元の筋書きに大幅なアレンジが加わったりしています。しかしそのアレンジされたバージョンの方が後の時代に有名になることもしばしば。「古代の壁サー」とも言われるその影響力の大きさを具体例を見ながらお話します。

 

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【Remedia Amoris】推しを語る #5

前回の記事はこちらからどうぞ。 

eureka-merl.hatenablog.com

 

「推しを語る」シリーズ第5回は『恋の治療(Remedia Amoris)』について。

かつて藤井昇先生が『惚れた病の治療法』という題で日本語訳を出版なさっているのですが、前回書いたように既に古本でしか手に入らないと思われます。

ところでこの藤井訳、なぜか「藤井昇・」ではなく「藤井昇・」と表紙に書かれています。たしかに藤井先生の思い切った訳も多分に含まれていて、もはやオリジナルな言葉選びではないかと思われる箇所もあるのですが、そういう理由なのでしょうか……。私はLaresを「俺ン家の仏壇」って訳すセンスめちゃくちゃ好きです。

 

私がこの作品のタイトルを『恋の治療』と呼ぶのは、これが直訳だからというのがひとつ。より大きな理由としては、『恋の技法(Ars Amatoria)』とタイトルで韻を踏みたいからです、「技法」と「治療」で(笑)

そして韻を踏みたい理由は、『恋の治療』が『恋の技法』の続編的な作品だからです。

この作品は、作品タイトルを見たクピードーがオウィディウスに対して「喧嘩売っとんか?(bella mihi, video, bella parantur, Rem. 2)」と言うところから始まります。

 

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【Ars Amatoria】推しを語る #4

前回の記事はこちらからどうぞ

eureka-merl.hatenablog.com

 

「推しを語る」シリーズ、第4回は『恋の技法(Ars Amatoria)』についてです。

彼の作品の中では『変身物語』に並ぶくらい有名なものですよね。これなら読んだことあるって方も多いでしょう。

 

ラテン文学の人気があまりない我が国でも、日本語訳はこれまで三種出版されています。いちばん古いのが樋口勝彦先生による『恋の技法』。 

恋の技法 (平凡社ライブラリー)

恋の技法 (平凡社ライブラリー)

 

 

次に藤井昇先生の『恋の手ほどき』。わらび書房から出版されたものですが、もう古本でしか手に入らんかな……? ちなみにRemedia Amorisの邦訳『惚れた病の治療法』もいっしょに収められています。

 

そして最も新しく、最も手に入れやすいと思われるのが沓掛良彦先生の『恋愛指南』です。

恋愛指南―アルス・アマトリア (岩波文庫)

恋愛指南―アルス・アマトリア (岩波文庫)

 

西洋古典、特にラテン文学では珍しくこれだけたくさん訳本が出て絶版にもなっていないということはそこそこ売れているのでしょう。たしかに目を引くタイトルですよね。

ちなみに私はこの作品をいつも『アルス・アマトリア』とラテン語そのままか、樋口先生式に『恋の技法』と呼んでいます。「技法」という日本語を好んで使っている理由は次回。

 

さて、タイトルからお察しいただけるとは思いますが、この全三巻構成のエレゲイア詩を一言で説明すると、ずばり「恋愛指南書」です。

しかし現代日本で見かける恋愛指南書(Amazonで検索したら思いのほかたくさんあってびっくりしました)みたいなものを想像されると、ちょっとオウィディウスの思惑から逸れてしまうかもしれません。

 

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