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西洋古典学って、ご存知ですか?

Sound Horizon ギリシャ語ラテン語&神話まとめ

幻想楽団 Sound Horizon 略してサンホラ。物語性のある楽曲を作るちょっと変わったアーティストです(曲を作っているのはRevo氏ひとりですが)。

主に西ヨーロッパ世界を物語の舞台に設定しており、歌詞にはフランス語、ドイツ語、スペイン語などさまざまな言語が用いられます。もちろん物語の内容はフィクションですが、歴史上の出来事や神話・童話の要素が多く盛り込まれているのもポイント。

前回は6th story CD『Moira』の主人公エレフに注目し、彼のモデルになったと考えられるギリシャ神話上の英雄をまとめました。 

eureka-merl.hatenablog.com

 

『Moira』はギリシャを舞台としているので当然といえば当然でしたが、このアルバム以外でもギリシャ語やラテン語の歌詞を使った曲が多数あります。ギリシャ神話に由来する物語も。

今回はそれらのまとめ記事です。インディーズ時代から9th story CD『Nein』まで含めると結構な数になりました。

※ 『Moira』はアルバム全体にギリシャ語が散りばめられていてかなり数が多いので後日別の記事にします。

 

  

2nd story CD『Thanatos』よりタナトスの幻想」

そもそもこのアルバムのタイトルになっている「タナトス」というのがギリシャ語で「死」を意味します。ギリシャ文字で綴ると θάνατος です。

また、ギリシャ神話においては死神の名前でもあります。6th story CD「Moira」では「冥王」として登場しているあの神です。サンホラのタナトスは威厳ある神ですが、本家タナトスはシシュポスのわかりやすい策略に引っかかるドジっ子です。

 

 

1st Story Renewal CDより辿り着く詩」

この楽曲の主人公はルーナという名前で、これは「月」という意味のラテン語 (luna) です。また、曲中でルーナは恋人にエンディミオと呼びかけています。

ギリシャ神話にはエンデュミオン ( Ἐνδυμίων/ Endymion ) という青年と月の女神との恋物語があります。この女神、ギリシャ語ではそのまま「月」を意味するセレーネー (Σελήνη) という名前なので、ラテン語ではルーナと言います。が、時代が下るにつれてセレーネー/ルーナはアルテミス/ディアナと同一視されるようになるので、処女神が恋をするという少し歪な話になります。

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ジャン・オノレ・フラゴナール,《ディアナとエンディミオン》, 1753-1756, ワシントン・ナショナル・ギャラリー 

フラゴナールのこの絵でも女神の名前は「ディアナ」です。

 

 

1st Story Renewal CDより碧い眼の海賊」

地中海を渡る海賊船での歌。船長レティーシア、乗組員ジマーとイアスロの会話で始まります。航海の途中、一行は嵐を観測します。それはセイレーンが呼んだものだと怯えるジマー。それに対して「セイレン如きでびびってんじゃないよ、情けないねぇ。」と一喝するレティーシア。

セイレーンは『オデュッセイア』12歌に登場する女怪。魅惑的な歌声で船乗りを惑わし、海の底へ引きずり込む怪物です。古代では女の顔を持つ鳥の姿とされていましたが、時代が下るにつれていわゆる人魚の姿になりました。

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ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス, 《セイレーン》, 1900年, 個人蔵

サンホラ世界だとセイレーンと云われる怪物はひとりだけ――「沈んだ歌姫」と「海の魔女」に出てくる少女ジュリエッタが変身した姿――のようなので、こんな感じですかねぇ。首から下は鳥とも魚とも言及されてないし。

 

さて、レティーシアは「麗しき姿<美の女神>の如しと謳われたこの<海の女神様>を嘗めんじゃないよ」とも言います。日本生まれのコンテンツでVenusを「ウェヌス」と読ませている稀有な例。ちょっと嬉しい。

一方ジマーがぽつりと「そりゃ”猛き姿<戦の女神>の如し”の間違いじゃ…」と呟きます。戦いの女神といえば「パッラス・アテナ」。単にアテナと呼ぶこともあります。パッラス ( Πάλλας / Pallas ) は枕詞のようなもので、ギリシャ語でもラテン語でも共通して使う言葉です。

 

 

1st Story Renewal CDより書の魔獣」

書に刻まれし終焉の魔獣 黒き秩序に従い

「ベスティア(bestia)」はラテン語で「獣」 

 

歴史を駈け堕りる審判の仕組 最後の書頁めがけて…

「システマ(systema)」はギリシャ語由来のラテン語で「組織、体系」。ほぼ見たままですが英語のsystemの語源です。もとの綴りはσύστημα。

 

<反逆者の父親><逃亡者の母親>やはり血は争えぬということか…

<黒の神子>よ...私は悲しい...

父親はルキウス、母親はイリア、そして娘はルキアという名前です。

古代ローマの男性は個人名・氏族名・家名という3つの名前を持っていました。一方、女性は個人名を持たず、父親の氏族名の女性形が名前として宛がわれました。例えば、かの有名なジュリアス・シーザーことガイウス・ユリウス・カエサルの場合、ガイウスが個人名、ユリウスが氏族名、カエサルが家名であり、彼の娘はみんなユリアという名前になりました。

ルキウスの娘がルキアになっているのはこの制度に基づいたものだと思われますが、ルキウスは主に個人名として使われた名前です。そういう氏族名もあったかもしれませんが。

 

我らは書に拠って 祝福を約束されし者

彼らは書に拠って 断罪を約束されし者

このコーラスがラテン語という説があるようなのですが、どうしても聞き取れませんでした!!今後も検討してみます!! 

 

 

4th story CD『Elysion』より「Ark」

曲中何度か出てくる「兄」および「妹」はそれぞれ「フラーテル(frater)」「ソロル(soror)」と読まれますが、これらはラテン語のままです。

 

同じ心的外傷重ねれば響き合う けれどそれ以上には…

「トラウマ (τραῦμα) 」はギリシャ語だと単純に「傷」を意味します。

 

 

4th story CD『Elysion』より「エルの絵本【魔女とラフレンツェ】」

小さな唇が奏でる鎮魂歌

 requiem というラテン語は requies「休息、安らぎ」の対格形(直接目的語、つまり「~を」を表す形)なのですが、すっかり一名詞として独り歩きしていますね。

 

時を喰らう大蛇 灼けた鎖の追走曲 

「セルペンス (serpens) 」はラテン語で「蛇」

 

狂い咲いた曼珠沙華 還れない楽園

「エーリュシオン ( Ἠλύσιον / Elysion ) 」はギリシャ語。選ばれた人間だけが死後に行ける楽園を意味しています。古くギリシャでは世界の西の果てにある島と捉えられていましたが、ローマ時代まで下ると地下にある森へと変化しました。

 

近づいてくる足音… やがて彼が乙女の手を引いて暗闇の階段を駆け上がって来る

「彼」をオルフェウス、「彼女」をエウリュディケと読んでいます。詩人オルフェウスが不慮の事故で亡くなった妻エウリュディケを取り戻しに冥界へ下る話がモデルです。地上へ戻るまで振り返らないという条件でエウリュディケ(の霊)は帰されるのですが、本当に妻がついてきているか不安になったオルフェウスは振り返ってしまい、エウリュディケは冥界へ引き戻されるという話。ウェルギリウス『農耕詩』4巻やオウィディウス『変身物語』10巻が元ネタですね。

サンホラ世界では「手を引いて」いるので不安を抱くことはなさそうですが、ラフレンツェの呪いによって振り返ってしまうことが示唆されています。

 

 

4th story CD『Elysion』よりStardust」

が貴方を狂わせたの?

「ルナ (luna) 」はラテン語で「月」

 

が私を狂わせたのは何故?

「ステラ (stella) 」はラテン語で「星」

 

 

4th story CD『Elysion』より「エルの楽園 [→ side:A →]」

その楽園の名は『ELYSION』またの名を『ABYSS』

「エーリュシオン」は先述したとおり。「アビス」は英語ですが、「底なし」を意味するギリシャ語ἄβυσσος(アビュッソス)が語源です。

 

 

9th story CD『Nein』より「憎しみを花束に代えて」

私の中の星空で... 貴方は...《一番輝いてる星》だったのに...

シリウス」はおおいぬ座の一等星であり、全天でも太陽の次に明るい恒星です。そしてギリシャ語でσείριος、ラテン語でSiriusと引くと、英語ではdog-starと出てきます。

 

 

9th story CD『Nein』より「愛という名の咎」

スコルピオス!お前の進撃もここまでだ!アストラの弓矢は、狙った獲物をどこまでも追い掛け貫く!

歌の背景で流れる台詞です。オリオン (CV: 梶裕貴) です。「狙った獲物をどこまでも追い掛け貫く」武器は(弓矢ではありませんが)神話の中に存在します。

ケパロスとプロクリスという夫婦の神話で、妻プロクリスが狩猟の女神アルテミス(ディアナ)からもらう槍がこの性質を持ちます。そしてこの性質のせいで悲劇が起きるのですが、それはオウィディウス『変身物語』7巻などでご確認ください……

 

残念だったなあ、ヒュドラの盾は何者をも通さん!そして、これこそが全てを貫くブロンディスの槍だ!

オリオンに対するスコルピオス (CV:若本規夫) の返答です。矛盾の故事を彷彿とさせる台詞ですが、ギリシャ神話にも同じような話があります。

先ほどのプロクリスが槍と同時にもらった猟犬は獲物を絶対に捕まえるという性質を持っていました。一方、この猟犬の助けを得たいととある町から要請がありました。そこでは絶対に捕まらない狐が畑を荒らしているというのです。こうして二頭の追いかけっこが始まったのですが、捕まりそうで捕まらない。最終的に神様が二頭とも石にしてむりやり解決したのでした。

 

 

★ま←と↓め↑★

並べてみると意外と多くてびっくりしました。「愛という名の咎」に触れたから実質『Moira』にも手を出したに等しいか…(^^;)

ヨーロッパ世界にいかに広く古典語や神話が浸透しているかの表れ、といったところでしょうか。といっても、『Roman』以降、舞台となる国がはっきりわかるようになった時期からは登場回数が減っているように思われますが。

新たな地平線でも古典語や神話に触れられることに期待しつつ新作を待ちましょう(*´ω`*)