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西洋古典学って、ご存知ですか?

ディズニー映画『ヘラクレス』コメンタリ ~Dreamy day → I won't say I'm in love~

前回の記事はこちら。

eureka-merl.hatenablog.com

 

今回扱うのはヘラクレスとメガラのデート後の場面です。芝居を観た後に食事を楽しむという、現代ではよくあるデートコース。

ただし、古代の演劇は基本的にはお祭り期間中の出し物(つまり神様への捧げもの)だったので、思い立ったときにすぐ観られるものでもありませんでした。また、女性たちが観賞を許されていたかも意見が分かれるところです。

演劇(劇場)と恋愛を絡めた話題というなら、古代ローマの詩人オウィディウスが『恋の技法』の序盤で何やら書いていますが、あの作品も遊女との戯れをテーマにしたものです。要するに、古代だと恋愛と結婚は分けて考えないといけません。

そういうわけで古代人が見たらいろんな意味でびっくりしそうな展開ですが、ディズニーなのでOKです。

 

そしてふたりはヘラクレス邸のお庭で余韻に浸ります。

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二人が観た芝居は『オイディプス王』。おそらく現存するギリシャ悲劇のなかで最も有名な一作ですね。

主人公であるオイディプスは怪物スフィンクスを退治したことでテーバイの王位を獲得し、子宝にも恵まれたのですが、そのテーバイの土地では不作と疫病が続いていました。デルポイの神託によれば、先代の王を殺した人物を追放すれば解決するとのこと。それに従おうと調べを進めていくと、自身の生い立ちの謎も徐々に明らかになっていく――。

この傑作についてヘラクレスが何を言っていたか。日本語吹替だと「なんかエディプスって、ひとりで、悩みまくってたよね」、日本語字幕は「彼はマザコンだね」——うーん、ちょっとこの翻訳はどうなんだろう。心理学用語のエディプス・コンプレックスを踏まえたものだとしても、あの心理状況を「マザコン」と一緒くたにするのは違う気もする。

まぁいろいろ問題はありますが、おそらくここで『オイディプス王』を持ってきたのは、単にこの作品が有名だからではなく、ヘラクレスもまたオイディプスのように自身の正体、あるべき姿を模索している段階だと言いたいのだろう、と私は解釈しました。

 

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ヘラクレスが庭の池で水切りする場面。

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ヘラクレスが力を入れすぎたため、石が彫刻を砕いてしまいました。

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その結果「ミロのヴィーナス」が出来上がりましたとさ、めでたしめでたし。

この「メロス島のアプロディーテ像」、ルーブル美術館の目玉作品としておなじみですが、見てわかるとおり肩から先にあるはずの腕が欠けています。この彫像が本来どのような姿であったかは現在もはっきりしていません。

ボッティチェリの《プリマヴェーラ》のように、両腕で恥じらうように体を隠していた、という説をどこかで読んだ記憶があります。しかし、それよりは「左手にリンゴを持っていた」というのが有力みたいです。

 

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後ずさりしたメガラの背中に、ブロンズのキューピッド像の矢が刺さる場面。わかりやすくて良い描写だな~と毎回思います。キューピッドの矢が刺さった、つまりメガラがヘラクレスに恋してしまったことを観客に確信させる演出です。

キューピッドの矢は、現代にも伝わっているとおり、刺されば目の前にいる者への恋心が芽生える、という力を持っています。その威力はキューピッド本人も抗えないほど。

古代ローマの小説『黄金とロバ』の中では、キューピッド(ラテン語だとアモルという名前)が矢を誤射して自分の胸に刺してしまい、そのとき目の前にいたプシュケーという美少女に恋をしてしまうという話が語られます。

この物語から着想を得た彫刻作品がこちら。

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アントニオ・カノーヴァ《アモルの接吻で蘇るプシュケ》、1787-93年、ルーブル美術館

この彫刻、ヘラクレス邸のお庭にある噴水の彫刻と似ている気がします。(右下のやつ)

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ちなみにこの噴水のてっぺんの飾りがこちら。

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ムーサイたちはおいといて(笑)、アプロディーテの姿があります。大理石じゃないアプロディーテ様のこの映画でのお姿は以下の通り(いちばん右のお方)。

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ここで流れる劇中歌「恋してるなんて言えない」はメガラの恋心をテーマにしたものなので、恋愛に関係するモチーフがいろいろ出てくることは全くおかしくありませんが、曲中に出てくる彫刻類が全部ヘラクレスのお屋敷の装飾だと思うとちょっと面白い……笑

 

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引き続き登場するブロンズ像の数々は全て恋愛に関するものですが、女性をむりやりさらう男性がモチーフになっているものもたくさん。人ですらなさそう……通路左側の真ん中は下半身が馬なのでケンタウロス、奥は角が生えているのでサテュロスの類と思われます。

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ギリシャ神話における恋愛は「むりやり」から始まるものも多いです。ケンタウロスサテュロスといった半獣たちだけでなく、神様たちも好みの女の子がいればあの手この手で我が物にします。

ゼウスは牛に変身してエウローパをさらってきたし、アポロンはダフネが嫌がっているのに追いかけ続けたし、ポセイドンはメドゥーサと強引に交わったし(しかもそれで罰を受けたのはメドゥーサ)。神話上ではおしどり夫婦らしいハデスとペルセポネも、始まりは誘拐だったわけで……。

このカットはそんな神話たちを反映させたものかもしれません。また、映画のメガラは曲の序盤で歌われるとおり「信じて騙されてひどい目に遭った」ので、メガラがその当時を思い出している場面だとも解釈できそうです。

 

いちおう補足しておきますと、全ての恋愛譚の始まりが強引だったわけではありませんよ。まぁ強引じゃなかったからってハッピーエンドになる保証はしませんが。

 

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今日はこれで最後!

曲中に出てくるムーサイの胸像は、ディズニーマニアなら絶対気付くであろう、ホーンテッドマンションにいる「歌う胸像」のパロディです。

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このアトラクションは現在カリフォルニア、フロリダ、東京、パリのパークにあるようです(パリだけファントム・マナーという名称)。

私は東京のものしか知らないのですが、ホーンテッドマンションはお化け屋敷というより雑学の宝庫という認識です。キューラインで見られる墓碑銘をひとつずつじっくり読みたいと常々思っているのですが、けっこうさくさく列が進んでしまうのでいつも読めない。悲しい。

その代わりに出口にある墓標はしっかり読んでいます。刻まれている名前が全部英語の単語や文章をもじったジョークになっていて面白いんですよね。一部ですがこういうの。

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どういうご縁か存じませんが(一時はこの館の主だったということか?)グリム童話やペロー童話でおなじみの「青ひげ」の墓標もあります。個人的にラテン語よろしくUがVになってるのがいい。

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という話を以前同乗した妹にしていたらキャストさんに声をかけられて盛り上がりましたとさ、ちゃんちゃん。

 

(つづきはそのうち)