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西洋古典学って、ご存知ですか?

【料理編】自分の結婚式をどうしても古典色に染めたかった某はぐれ古典学者のはなし

地中海周辺は今も昔も食材が豊富。古代人たちもさまざまな味覚を楽しんだことは、このブログを訪ねてくださった皆様はすでにご存知でしょう。アテナイオス『食卓の賢人たち』やアピキウスの料理帖といった食に特化した文献も残っています。

今回の結婚式では、ギリシャ・ローマの「詩」に登場する料理の現代版アレンジを試みました。このために料理のフルオーダー可能な式場にしたんです。

散文ではなく詩に固定したのは、私が韻文派だから。それだけです。いちおうラテンとギリシャも交互にしました。

詩に登場する料理はいろんな意味で現実味がないものもありますが、その高い理想に合わせる方がハレの日の食事には向いているよね……と勝手に理由を後付け。笑

それではフルコースの順番に沿って振り返ります。

 

ちなみに味付け等は音食紀行さんが出版された『歴メシ!』を参考にしました。

 

 

【前菜】マルティアリス『エピグランマタ』より、サラダ風前菜盛り合わせ

ユリウス・ケリアリス、わが家でごちそうしよう。

ほかにもっといい用がなければ来てくれ。(中略)

まずレタスが出されるだろう、

そしてポロネギの本体から切り取った花茎、

次は小型のエソより大きい塩漬けのマグロ、

そしてそれをヘンルーダの葉と卵が覆っている。

ほどよい温度の灰の中で転がした卵も忘れていない。

ウェラブルムの通りで燻製にしたチーズに、

ピケヌムの寒さに当たったオリーブもある。

――Mart. Epig. 11.52.1-2, 5-11(拙訳)

一番手はマルティアリスに任せました。誇張された現実をうたう彼が並べた前菜はとっても豪華です。

ローマの前菜の定番である「灰の中で転がした卵」はゆで卵に。その他野菜たちと「塩漬けのマグロ」がそろったことで色鮮やかな一皿になりました。ちなみにチーズはフェタです。

全体の味はオリーブオイルとワインビネガーでまとめていただきました。

 

【スープ】アリストパネス『蛙』より、ひよこ豆のポタージュスープ

いとしい人、戻ってきましたね。さあこちらへ入って。

女神があなたの到着を知るとすぐに

小麦のパンを焼き、つぶし豆のスープの鍋を二つ三つ火に掛け

牛を丸ごと炭火であぶり

平たいケーキや丸いパンを焼きました。

――Aristoph. Ran. 503-507(拙訳)

続くスープは『蛙』より。ペルセポネの侍女がディオニュソスの召使をヘラクレスと勘違いして食卓に招いている場面の引用です。

ヘラクレス(本物)が大食漢なせいで大量のパンとスープが用意されているようですが、結婚式の厨房もこんな状態だったんですかね…?

「つぶし豆」なので食べやすいポタージュに加工。豆の種類は地中海周辺でおなじみのひよこ豆にしましたが、枝豆やソラマメの方が見栄えはよかったのかな?とも。とはいえ私の母が豆嫌いなので仕方なく…。

 

【魚料理】ユウェナリス『諷刺詩』より、鱸のハーブソテー

アトレウスの子のもとへ参上し、ピケヌムの(漁師)は言った。

「お受け取りください、我が家の調理台より大きなこれを。

この日を祭りの日となさいませ。この魚でさっそくお腹を満たし、

あなたの御代まで(海の中で)眠っていたこのカレイを召し上がれ」

――Juv. Sat. 4.65-68(拙訳)

再びラテンの諷刺詩(epigramじゃなくてsaturaなのでいちおうジャンルは違う)に戻り、ユウェナリスを引用しました。『諷刺詩』第4歌は、暴君のはずのドミティアヌスが「皿に乗らんサイズのカレイが届いたからどうしたらいいか会議しよ!!」と言い出すほんわか(?)ストーリーです。

「祭りの日」ではなく婚礼の日ですが、きっとシェフは良い魚を仕入れてくださったことだと思います。諸事情でカレイでもヒラメでもないスズキになりましたが、これはこれで古代人にお馴染みの魚やから許してくれ~という気持ちで。

地中海料理らしくスパイシーな味付けで美味しかったです♪

 

【肉料理】ヘシオドス『仕事と日々』より、牛肉のサイコロステーキ

薊の花が咲き、騒がしい蝉が樹にとまって休みなく

その羽根の下から朗々たる歌を四方に撒き散らす

凌ぎがたい夏の日々、その季節となれば

山羊はもっとも肥え、酒の味も一番良い

女はもっとも色情をつのらせ、男はもっとも精気を失う。

セイリオス星が頭と膝を焦がし

肌は熱気に干されて乾き切るから。

しかしこの時節には、岩間の日陰にビブロスの酒、

乳入りの麦菓子と哺乳をやめた山羊の乳、

まだ仔を産まぬ放し飼いの牛と

初仔の仔山羊の肉が欲しいもの。食事に心も満ち足りた後で

日陰に腰を下ろし、爽やかに吹く西風に顔を向けて

火色にきらめく葡萄酒を飲む。

尽きず流れて濁りを知らぬ泉の水を三度注ぎ、

四度めに酒を注げ。

――Hes. WD 582-96(松平千秋訳)

これだけ式直前に自分で和訳する余裕がなく、松平訳をお借りしました。完全にギリシャ語サボってるせいなので精進します。

『仕事と日々』に登場するこれはお弁当用かと思われますが、ヘシオドス的理想の逸品とも言えると判断し、この「古代人が夢想したフルコース」に組み込みました。「蝉が樹にとまって休みなく」鳴く季節に式を挙げたので、時季もちょうどよかったんです。

味付けは古代ローマの定番調味料ガルムを意識して魚醤ベースにしていただきました。一口サイズに!とお願いしたのは、ナイフで肉を切り分けるという習慣が古代ローマになかったからです。

 

デザート:オウィディウス『変身物語』より、フルーツ盛りとチーズ

ここにくるみ、ここにしわの多い枝の付いたいちじく、

すももや、香り高いリンゴが広がったかごの中にあり、

紫色のつるから採ったブドウもあった。

真ん中には白い巣蜜があり、そのすべての上に

ひとの良い表情と好意が加わった。

――Ov. Met. 8.677-81(拙訳)

神に敬虔で人に親切なピレモンとバウキスは、私にとって理想の夫婦です。彼らのように温かい食卓を夫と共に作っていきたいという願いと、私がずっと追いかけている『変身物語』への感謝を込めて、この箇所を選びました。

私がお願いしたフルーツは上述したイチジク・すもも・リンゴ・ブドウで、他はシェフが果物屋さんと相談した結果ですが、ありえんくらい豪華になりました。そのため私は「ピレモンとバウキスLvMAX」って呼んでます。

付け合わせでくるみ・蜂蜜・カッテージチーズも用意していただきました。ビュッフェスタイルだったので、イベントとしても楽しんでもらえたんじゃないかな、と思っています。

 

【プチギフト】ビオラのプリントがついたクッキー

おまけ。ゲストの皆様をお見送りするときのプチギフトはクッキーにしました。

実はこれも古代ローマの共食式結婚でスペルト小麦でできたお菓子を祭壇に捧げていたのに因みました(因めているかはさておき)。

あと装飾等で断念せざるをえなかったビオラをここで回収したかったんです……。

 

* * * * *

 

全体テーマとしてホラティウスのab ovo usque ad mala(卵からリンゴまで)を掲げていましたが、そのフレーズから夢が広がりに広がって、めちゃくちゃお洒落で美味しいディナーになりました。

プランナーさんから「皆さんすごく綺麗に完食なさってましたよ~!」とお聞きし、プロデュースした側としてはとっても嬉しかったです(まぁ99%シェフの腕のおかげでしょうけどw)実際、近くのテーブルにいた後輩男子が「何これめっちゃ美味ぇ!」って言いながらがっついてました…笑

 

その他お世話になった文献はこちらです。